2014年8月9日

旅の話を明日にするとして、今日は我が子の話題を。

我がモイケル娘、この夏は修論に専心するもさることながら、院生時代最後の夏季休暇をチャンスと見て先だってから自動車学校に通っている。かなり目減りしたであろう、3年間の勤務時代の最後の蓄えをつぎ込んでのことだ。

来春就職したらその後一ヶ月の生活費やなんだかんだと物入りであるので、それはちと気の毒、息子のときは運転免許を取る際に援助したもので、それではと、夫と二人で自動車学校の費用を手伝うことにした。

オートマが殆どかと思われる日本と違いポルトガルはマニュアルが主力である。我が家に滞在したことのある甥や妹もわたしのマニュアル運転を目にして、「お、マニュアルで!」と少し驚いていた。わたしが免許をとった30年ほど前は自動車学校はマニュアルだったのだもの。
故にわたしは「オートマ」と聞いてもどうもピンとこないのだ。

さて、どこででも運転できるように先々のことを踏まえマニュアルを学ぶべしとしきりに勧める夫の意見に従い、モイケル娘、目下挑戦中なのだが、自動車学校の件はいったいどうなっているのかと数日前にモイケル娘のブログを覗いて爆笑したのである。そして、自分がかろうじて自動車免許が取れたあの頃を思い出した。以下、「バイリンガル物語」の過去記事Rewriteを掲載します。

海外の子供達の学校送迎(1)

行きつけのブログの「スクールバスの悩み」という先ごろの記事を読み、わたしたちも、ほんと、子供達の通学に骨折ってよくもまぁ17年も続いたものだと我ながら今頃感心していました。
その頃は、毎日ただ必死に朝と午後の送り迎えを繰り返していましたが、ある日ハッと気がついてみれば、なんとまぁ、いつの間にやら通しで17年間の送迎を続けていたというのでした。

17年間というのは、息子と娘の年齢が6歳離れているので、彼らが通ったOporto British Schoolを上の息子が出た後もまだ娘の6年間があったのです。通しで二人とも幼稚園に2年間、小中学部が9年間です。

我が家からBritish Schoolまでは、自動車道路が整った今なら車で20分くらいの距離ですが、子供達が通っていた当時は、自動車道路もなく市内を通るのでラッシュアワーにまともにぶつかり、それはもう大変でした。あちこちの、「知る人ぞ知る抜け道」を通れども、ゆうに1時間はかかり、親達は悲鳴をあげたものです。

9時から始まる学校ですが、家を早く出発しても交停滞で遅刻ということはよくあり、子が学校に遅れると学校から引き返して職場に向かう親も必然遅刻^^;この朝のストレスたるや、よくやったものだと今にして思います。

運転免許証など持っていなかったわたしが、British Schoolに子どもを入れるなら「君、免許とりなさい!」と恐ろしいことを夫に宣告され、数ヶ月の一時帰国を利用して仕方なしに日本で自動車学校に挑戦したのは30も半ば過ぎていました。元来がさして運動神経のいいほうではなし。若い人たちがかける費用の1.5倍はかかりましたです、はい^^;

そうしてなんとか晴れて取れた免許、運転暦はというと試験の時に外を走っただけです。
それで、国際免許証に変えてポルトに戻ってきたのですが、今度は運転席が逆のポルトガル、おっそろしくて、ハンドルを握るのもイヤでしたね。それでも必要に迫られてどうしても車を走らせざるを得なかったのでした。この間たるや、様々な失敗をしでかしました。

話を子供達の送り迎えに戻しまして。
登校は夫が連れて行けども午後は仕事の関係上迎えにいくことはできない。定時に迎えに行くのはわたしの役目です。
学校は子供一人で校舎から出ることを許可しません。徒歩で通う生徒も中学生以上で、しかも学校が発行する通行パスなしでは外へでることはできません。そして、親が迎えに行くのには、この時間までと決められており、なかなか厳しい規律です。

そこで、朝の通学は、比較的近距離内に住む4家族が(学年もそれぞれ違う)グループを作り、夫たちが1週間の当番制を組みました。皆が集まりやすい場所というので「サン・ジュアン病院集合」です。全員が到着して、みな1台の車に乗り込み、当番の父親が数人の子供達を運びました。

最初は4人の子どもだったのが、その兄弟たちも通学するようになり、1台の乗用車に子どもだけで6人7人となり車の中は子どもの顔だらけ!小さい子は大きい子の膝にのるのですが、これは乗用車に乗れる数が定められている今ならできません。あの頃はまだそんな規則がなかったのです^^ 今思うとちょっとぞっとしますが、幸い一度も事故が起こらずに来ました。幼稚園児から高学年まで、子供達はさぞかしうるさかっただろうと想像します。

帰りも母親同士で当番を作っていたのですが、わたしは加わりませんでした。なにしろ、運転に自信なく、自分の子どもならまだしも、よそ様の子どもを同乗させて、万が一のことでもあったら、取り返しがつかない。迎えの役割を親として毎日黙々とやりましたw子供達が学校にいる間は、こちらも日本の通信教育の手伝いの準備です。その17年間はひたすら、子育てと迎えに徹しました。

PTAは何度か学校にスクールバスの要請を出したのです。が、これも考えてみると、なかなかに大変そうだとわかりました。比較的近距離の子どもはいいのですが、遠距離の生徒は一番最後になります。他校のスクールバスを利用している親達の「車で行ったら10分ほどの距離が、1時間ときには2時間かかって帰宅する」との話も聞いていました。

往復の通学に順調に行って2時間もかけるのは得策ではない、まして、我が子たちは、現地校の宿題もさることながら、補習校の予習に宿題、海外子女教育財団から通信教育も受けており、これを毎月期日に合わせて郵送することになっているのです。親が頑張って迎えに行くか、子どもが疲れて帰るか、どちらかです。迷うことなく毎日迎えにいくことをとりました。

そうなると車も1台では間に合わない。結局車はわたし用にもう1台中古車を買うことになりました。
この頃は、お金も時間もいくらあっても足りなかった。しかし、こうして親も辛抱して頑張ることによって得たものも多くあったように思います。

joaomariana-uniform[1]
制服を着たあの頃の子供達


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