2014年9月17日 

今回は自分の日本語授業のメモも併せて書きます。

日本帰国時に必ず寄るのが銀座にある鳩居堂です。
鳩居堂は京都にも本店がある、和紙工芸品、お香、書画用品、色紙など和文化を取り扱っている店ですが、銀座5丁目という場所柄もあり、いつ行っても観光客で賑わっています。ここでわたしは、毎回、影絵用の和紙やお土産、日本文化展示用のものを買い求めます。

さて、本日は先週の平家物語「扇の的」に引き続き、「平敦盛」を日本語の生徒と読んでいるのですが、この鳩居堂との意外な関係を発見しました。

平家一門が官職についている中、一人官職についておらず、「無官の大夫(むかんのたいふ)と呼ばれた敦盛は満15歳で、一の谷の合戦にて命を落とします。この年齢で落命することころが敦盛編を読むたびに、わたしが目頭を熱くせずにおられない点なのです。敦盛の首をかいた熊谷直実の心境が少しは伝わってきます。

多くの日本人は「扇の的」同様、このエピソードを知っていることと思いますが、恐らく記おっ国はないであろう、我が子たちのために手短に敦盛と直実のシーンを書き抜いて見ます。

「戦敗れにければ、熊谷二郎直実、「平家の公達、助け舟に乗らんと、みぎわの方へぞ落ちたまふらん。
(平家が戦に破れてしまったゆえ、平家方が波打ち際の助け舟にのろうとして落ち延びて行かれるところであろう)

平家を海辺に追い詰めた源氏方の勇士、熊谷直実は、海上の船に逃れようとする平家方の中に一人の公達(きんだち)を発見します。

heikemonogatari
愛笛の小枝を取りに行き、逃げ遅れて汀に入る敦盛 Wikiより

「正なうも敵に後ろを見せさせたまふものかな。返させたまへ。」
(見苦しくも敵にうしろをお見せになるかな。お戻りなされ)と、扇を上げて武者を招きます。

heikemonogatari
公達を呼び止め扇で招く熊谷直実 Wikiより

すると武者は引き返してくるではありませんか。二人が取り組み馬から落ちたところで、直実は武者の首をかかんとかぶとを取ってみると、我が子と同じ年ほどの、「容顔、まことに美麗な」若者であったので、思わず振り上げた刀のやり場に躊躇します。

名乗りを上げる直実に、若武者は名を告げず、「わたしの首は、そなたにとってよい手柄になろう。さぁ、討つがよい」と言います。

その言葉に「あっぱり大将軍。」と言いながらも、この一人を討たずとも今更、源氏が負けるはずもなし。我が子小次郎が軽い傷をおっただけでも、親のわたしは辛いのに、この殿の父は討たれたと知れば、どんなにか嘆き悲しむだろう」と助けようとします。

が、後方にはすでに味方の源氏侍が近づいており、自分が首をとらずとも彼らがとるであろう、最早逃すこともままならぬ。他に手をかけさせるよりこのわたしが。そしてご供養をいたし候(そうろう)」と泣く泣く、敦盛の首をかきます。

さて、よろい直垂(ひたたれ)に首をつつもうとしたところ、若武者の腰に差された錦の袋に入れた笛を発見します。「暁に流れていた音楽はこの人々だったのか。味方の源氏方、何万騎とあるだろうが、こんな戦の陣に笛を持つ人は、よもやあるまい。なんと哀れな、なんと優雅な人々であろうか」

後に聞けば件の若武者は、平経盛(たいらのつねもり)の子息、敦盛といい、笛は小枝(さえだ)呼ばれ、敦盛の祖父が鳥羽院よりいただいたもの。別名「青葉の笛」とも呼ばれるものでした。


こうして熊谷直実は敦盛との一件で、仏門に入ることを決心したというのが一般説です。

生徒は読むのにたじたじですが、古文の美しいリズミカルな文章がわたしは大好きです。これは七五調のDNAが刷り込まれた日本人ならではの思うところでしょう。

さて、授業では、単に取り上げた物語のみでなく、もう少し枠を広げてみるのが好きです。今回もその方法で熊谷直実のその後を追ったところが、冒頭の鳩居堂にぶつかり、え!となった次第なのです。

頼朝から手柄を讃えられ「向かい鳩」の家紋を頂戴した直実ですが、出家してしまいます。直実から数えて20代目の子孫が薬種商として創業したのが、今日と本店の鳩居堂で、17世紀のことだそうです。

下図にあるように、銀座本店の店頭に「向かい鳩」が見られます。生徒に教えることで、自分も面白いことにぶつかるのは楽しいものです。
kyukyodo
Wikiより

もうひとつ、今川義元との桶狭間の戦、出陣前夜、織田信長が謡いながら舞ったのが、能の原形と言われる幸若舞「敦盛」です。

「人間(にんげん、じんかんとも読む)50年 化天(下天)のうちを比ぶれば 夢幻の如く也。 ひとたび生(しょう)を享け 滅せぬもののあるべきか」

化天とは仏教語の化楽天(けらくてん)のことで、仏教の世界観による人間に近い天上界、六欲天の第5番目の天だそうです。そこでは一昼夜は人間界の800年にあたり、化天では8000年生きるとされます。

たった50年の人の世、500年、800年の化天にくらべれば、夢幻のようなものだ。ひとたびこの世に生を受けて滅びぬものはない。と、謡ったわけですが、これもまた、幸若舞「敦盛」の中で、熊谷直実が出家後、世をはかなむ一節から取られています。

平均寿命が80歳にも及んだ現代、それでも「化天」に比べれば、変わらず夢幻の如く。60も半ばを過ぎて平家物語に触れると、滅せぬもののあるべきか、と諸行無常の言葉が頭をかすめるのを振りきって、三全世界の片隅、ポルトガルにて、日本語を教えながらその日その日を楽しんで生きているわたしであります。

齢80を過ぎた生徒、ドイツ系ポルトガル人でありながら日本人の心を持ったようなアルフレッドさんが平家物語に惹かれる気持ちが分かるような気がします。わたしも含めて、日本語学習を通して古くからの日本独特の人生観を学んでいるとも言えます。

時には読書を通してこんな風に立ち止まり、現在を振り返ってみるのも自分には必要だ思っています。
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