2014年9月18日 

mosteiro_jeronimo

わたしは、歴史を知らずして観光に行くのはもったいないと思う性質なもので、ブログの案内がついついクドくなりがちです。今回もそのパターンを外れることなく参りますので、ご勘弁のほどを。

ジェロニモス修道院を最初に訪れたのは、30年以上も昔になります。今は亡き我が母をともなって家族で行きました。当時はパリー成田間が17、8時間もかかり、そこから更にポルトへ飛ぶわけですから、その長旅は30代のわたしでもかなりきつかったものです。翌年には70になろうかと言う母、旅程を考えると何かあったらどうしようかとの思いが強かったのですが、どしても娘のわたしが住む国を一目見たいというので、一緒に連れて来ました。

当時の母の年代で一般人がヨーロッパへ出かけることは稀だったと思います。よくぞまぁ、はるばる来てくれたものだと、ジェロニモス修道院を見ると母のことが思い出されるのです。そのジェロニモス修道院へ今夏は、妹夫婦と行ってきましたが、リスボン市内の他の観光もしていたものでジェロニモス修道院は最後になり、修道院内部の既に見学時間に間に合わず教会のみを見るに留まりました。

mosteiros-dos-jeronimos1.jpg
大きなジェロニモス修道院の全容は我がデジカメには納まらず。写真はWikipedia からです。

ジェロニモス修道院の正式名はサンタマリア・ド・べレン修道院です。
ここには15世紀の半ばに既にキリスト教騎士団団長のエンリケ航海王子がジェロニモス教団のために建てた教会がありましたが、ローマ法王の許可を得て、大航海時代の巨万の富を元に莫大な費用をかけて、「幸運の王」との別称を持つ、ドマヌエル1世が大きく完成させました。1502年に建築が始まり完成には100年の年月を費やしたといわれます。

俗に「ジェロニモス修道院」と呼ばれるのは、ドン・マヌエル一世が、王の永遠の魂と世界の大発見の航海に出る船乗りたちに精神的な援助を与えるために祈ることを条件として、ジェロニモス教団を住まわせることにしたからです。この約束はポルトガル王国が崩壊する1833年まで400年もの間続けられました。

さて、写真はテージュ側に面した南門、サンタ・マリア教会の入り口です。
mosteiro_jeronimo

これから、ジェロニモスとは、そしてわたしがここで発見したことを書いてみたいと思います。

ジェロニモと聞けば、わたしなどは「アメリカインディアンの戦士ジェロニモ」、「ジェロニモ太郎」が先ず浮かんでくるのですが、皆さんは知らないか(笑)
「ジェロニモ太郎」はわたしの記憶では、テレビがなかった我が子供時代のラジオドラマのひとつだったと思います^^;アメリカへ渡り西部を冒険する日本少年の話で、頭のどこかに未だ、

「♪馬にまたがり 縦横無人 強く正しくたくましく 正義の人とうたわれん。 その名を呼んでジェロニモたろ~ あ~あ、テキサス快男児~♪」

ちゅう、テーマソングが残っているのです(笑)

今回、画像を拡大するまで、なんか不思議な名前だなぁくらいに実は思っていたのです。
さて、南門、二つの門の間に立つ像はエンリケ航海王子ですが、その上部画像を拡大して、あれ?と思ったのは、ライオンとともにいる人物像、
mosteiro_jeronimo

更に拡大してみましょう。
mosteiro_jeronimo

あらま、これは「荒野の聖人ヒエロニムス」ではありませんか。ヒエロニムスと分かるのは側にライオンが見られるからです。(←1の部分 )ヒエロニムスは4世紀 の神学研究者であり、シリアの砂漠で隠遁生活をしながらヘブライ語を学び、聖書をラテン語に翻訳します。中世から現在まで、彼のラテン語訳聖書はカトリック界のスタンダードになっており、後に聖人、もしくは教父とされます。

ヒエロニムス像にいつもライオンが描かれるのは、彼の前に現われたライオンの前足に刺さっていた棘を抜いてあげ、以来ライオンはヒエロニムスの側にはべるようになったという伝説から来ます。
jeronimos9.jpg

ヒエロニムスが描かれる絵のもうひとつの特徴は、赤い衣と赤い帽子です。

そこで、今回、インディアン・ジェロニモとこのジェロニモスとの関連があるか否かは置いときまして、そんなことを思い出しクックッと笑いを嚙みしめながらポルトガル語のJeronimosを引いてみると、正にヒエロニムスのポルトガル語でした!

そして、ジェロニモス像にある帽子(2→の部分)と上の絵の帽子、これを見て、あっ!と思い出したのがこれ!

mesquita17

2010年にコルドバのメスキータ内で見た「不思議~」と思っていたシンボルが今はっきり解明したのであります。ヒエロニムスの独特なデザインの帽子は枢機卿の帽子とのこと。

コルドバの不思議記事はこちら→「メスキータで見つけた面白いもの

なるほどなるほど。この紋章が果たして誰のものかは分かりませんが枢機卿の帽子ねぇ。それを、「ばいきんまんUFO」と比べるなんて、トホホホ^^;

というわけで、ジェロニモス修道院はヒエロニムス修道院、荒野の聖人ヒエロニムスとの関連が判明し、すっきりしたところです。

ジェロニモス修道院に彫られた絵から、このような展開になった本日の記事でしたが、お付き合いいただきありがとうございました。

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コメント
mixi覗いたら
あらま、ママ日記を更新してるじゃああーりませんか。
そうね、Facebookに載せちゃうとランキングボタン押してくれないかもしれない(^_^;
ポチッとしてきましたよー。

シンボルが後からわかるって面白いですね。日本のは家紋くらいしかありませんが、西洋は家紋意外にもいろんなシンボルがいっぱい。

しかしジェロニモって(爆
ママらしい~うふふのふ。
2014/09/22(Mon) 20:20 | URL | なみ | 【編集
mixi!
んまぁ、なみちゃん、mixiなんてすっかり忘れてそのまんま放ったら貸しでした^^;

ところで、なみちゃんは知ってるの?ジェロニモとジェロニモ太郎(笑)
子供の頃に覚えたラジオドラマの主題曲ってしっかり覚えてるものだと思わない?

笛吹童子、紅孔雀、オテナの塔と、わたしは今でも歌えます(笑)
そう言えば初期のNHKドラマも面白くて、「ハリマオ」「ジャガーの眼」も歌える^^;

あの頃の歌には「正義」という言葉がよく使われていますね。
その「正義」は今・・・
時代じゃないと言われリャそれまでだけけど、
「義を見てせざるは 勇なきなり」なんて言葉、わたしは好き。
それもすたれたのかしらねぇ。。。
2014/09/22(Mon) 21:34 | URL | spacesis | 【編集
さすがに名前だけ
インディアンアパッチのジェロニモのイメージしかない(^_^;

子どもの頃って山奥だから、テレビはNHKだけだったんだけど、親が歌番組ばっかりなので「お座敷小唄」歌える子どもでしたよwチャンネル権は親ですもーん。
2014/09/23(Tue) 02:43 | URL | なみ | 【編集
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