2014年10月5日 

日本への一時帰国を目前にした今年4月の終わりころ、少し分厚い印刷物が届けられた。封を切ってみると一冊の写真エッセイ集であった。「ケラー・サロン 30周年記念集」と題されている。

梅新アサヒビアハウス

そうしてみれば、と思い当たったことは、昨年の終わりごろにN氏と言う見知らぬ方からメールが入り、「旧同和火災ビルのアサヒ・ビアハウスのことを調べたくて検索していたところ、あなたのサイトに行き当たった。ついては、2014年のわたしたちの同好会、ケラー・サロン30周年記念集を発行するに当たり、是非、ギャラリーに掲載されているかつてのアサヒ・ビアハウスの写真を提供してもらえないか」とのことだった。

30周年と言うと、わたしが日本とビアハウスを後にしてポルトガルへ来た6年後にできた同好会と言うことになる。メンバーにわたしが知っているあの頃の常連客数人の名前が見られた。当時の梅新アサヒ・ビアハウスには、特別室があり、そこは同好会などの定例会会場として貸切になり、アコーディオンの吉(ヨシ)さん、先輩歌姫の宝木嬢と一緒に、ステージの休憩時間に席を盛り上げるためにその部屋でときどき歌ったものだ。マイクなしである。

サロン・ケラーはわたしも知っている、当時は某大学病院で執刀していた中川先生が主催していると言う。中川先生は1970年代にドイツ留学し、本来はクラシック音楽愛好家であったのが、どうやらそのドイツでビアソングの楽しさに触れられたようだ。ビアソングのファンになったのは、帰国して我が先輩歌姫、宝木嬢の歌う梅新アサヒ・ビアハウスに出会ってからだとエッセイに書かれている。わたしが宝木嬢に一緒に歌ってみないかとスカウトされて歌い始めたのは1975年だから、丁度同じくらいの旧アサヒ・ビアハウス歴を持つことになろうか。

梅新アサヒビアハウス
我が青春の梅新アサヒ・ビアハウス入り口

そのような申し込みで、もちろんどうぞどうぞ、お好きなだけ持ってってください、と返信したのであった。我が青春の同和火災ビル地下にあった梅新アサヒ・ビアハウスは、その後ビルの改築でふ「フェニックスタワービル」と名を変え、その地下に「アサヒスーパードライ梅田」として現存している、(恐らく日本で)最古のビアハウスだ。わたしが歌っていた頃と内装はすっかり変わってしまったが。

下が、記念誌ゲスト参加として掲載されたわたしの大切な写真なのだが、見開きページにぎっしり使っていただき、嬉しいかぎりだ。
 
      梅新アサヒビアハウス
    画像をクリックすると拡大写真が見られます。

右ページ、ステージで座り込んでマイクを握っているのは今では30歳を過ぎた我が「東京息子」。一時帰国の際にも時々わたしは歌っていた。写真には今は亡きアサヒビアハウス高松社長、高橋店長の姿も見られる。

ケラー・サロンで歌った曲目リストを見るにつけ懐かしさがこみあげてくる。わたしは声域の関係でソロでビアソング、ドイツフォークソングの全てを歌うことはできなかったが、これらの中にはわたしの持ち歌もあった。

梅新アサヒビアハウス

「Du Kannst nicht true sein(お前は浮気者)」、「Trink, trink, Bruderlein(trink=飲めよ)、「Lustig ist das Zigeunerleben(さしらいの旅は楽し)」、「Lili Marleen(リリー・マルレーン)」などがそれだが、宝木嬢と合唱する曲は「Schnee walzer(雪のワルツ)」「Schone Maid(美しいお嬢さん)」、「Rosamunde」など、どれも歌って実に楽しい曲であった。(ドイツ語のアクセント記号は付けていないことをお断りしておく)
そんな訳で、ブログに移動しようと決めた「あの頃、ビアハウス」、2エピソードをアップしただけでそのままにしていましたが、おいおい、こちらに載せるつもりでいます。
下記にて、旧梅新アサヒ・ビアハウスで歌われた愉快な曲をいくつか紹介して、本日はこれにて。

♪雪のワルツ


♪ミュンヘンのホフブロィハウス


♪Du Kannst nicht true sein
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