2014年10月14日 

前回の記事に続くポートワインFerreira社のドナ・アントニア・フェレイラについては、ただ今、勉強中でありますれば、今しばらくお待ち乞う。これがなかなかに面白いのです。

さて、妹夫婦の3週間の我が家滞在、東京の大学で非常勤講師をしている息子の帰省と嬉し楽しの夏休みも終わった9月の始めに、このところお互いのメール交換が途絶えていた高校時代の同窓生から連絡が入った。「10月11日に、1期会があるぞ」と言うのだ。

我が母校は青森県弘前市にある南高校(以後南校と書く)だ。わたしたちは会の名前が示すように南校の第1期生なのである。わたしが弘前の同窓会に出席したのは今から10年も前の2004年でその年が初めての出席、38年振りであった。以来、帰国する度にできるだけ弘前に足を運ぶようにし、同窓生の幾人かに会っていた。しかし、10年前にたまたま帰国できた秋を除くとわたしの帰国は春が多いので、多くの人が全国から集う所謂同期会に出席したのは、10年前の一度のみである。その時のことは、ビアハウス・エピソードのひとつとして綴ってあるので、後ほどここにアップしたいと思う。

こういう時はおいそれと帰国できないのでいささか残念ではある。そこで、よし、身は行くことができないが、しからばポルトガルのワインでも出席代わりに送って皆に口味わってもらえるかもしれない、とお伺いをたててみると、即、OKの返答をもらった。早速、冷やす必要のない赤のテーブルワインを、足りないのは重々承知の上だが2本だけ送った次第である。
今朝の報告がてら同期会の様子を知らせ通称「シマ」からメールが入っていた。

わざわざコーナーを設けてワイ2本と同封した、わたしが執筆するポルトガル情報の会員雑誌を置いてくれたとのこと、な、なんだかちょっとエラそうやなぁ^^;恥ずかしいなぁ。よし!ワイン2本ぽっちじゃダメだ、次回は4本だぁ!とつい調子にのっているわたしではある。

それにしても卒業して48年も経ってしまったとは夢幻の如しだ。そして今こうして再び繋がりができるとは、歳を重ねた向こうにこんな喜びがあるとは、若い時分には思ってもみなかったことだ。人生も夕暮れ時に差し掛かった今、誰かが言ったこの言葉を嚙みしめる。
Each day is a gift of God, and this is why we call it the " present".
(その日その日が神からの贈り物である。だから、わたしたちは贈り物をプレゼント(現在の意味もある)と呼ぶのだ)

同期会のコーナーにはわたしのブログアドレスも紹介してくれたとのこと、シマ、ゆりこさん、ありがとう!そして、もしかしたら、同期会からこのブログを覗いている我が同窓生がいるかもしれない1期生よ、メッセージを残して行ってくれたら、こんなに嬉しいことはない。

下記、10年前の1期生初出席時の記事を。

あの頃、ビアハウス:「思い出のグリーングラス」(1)

♪汽車からおりたら  ちいさな駅に
         迎えてくれるママとパパ~
         手をふりながら呼ぶのは 彼の姿なの
         思い出の Grren Grass of Home
  
         まぶたを閉じれば 聴こえてくるわ
         懐かしい古里の歌が 
         子どもの頃、遊んだ山や川 そして
         思い出の Green Grass of Home 
  
カントリーソングである。明るいメロディーで故郷に降り立つ主人公が家族や恋人に迎えられる、と始まるのだが、
英語の歌詞を聴くと最後の方には、こんな語りが入る

  そして俺は目が覚めた。四方を灰色の壁に囲まれた部屋で
  俺は故郷の夢をみていたんだ
  看守と神父さんに両腕を引かれ、
  夜明けに俺はグリーンマイルを歩いていく
           註:グリーンマイル:アメリカの死刑囚が
             歩く緑色の絨毯が敷かれた死刑台に続く道

  俺はもう一度、故郷のグリーングラスに触れるんだ
  そうさ、みんな俺に会いに来る。
  古い樫の木の下で
  故郷のグリーングラスの下に埋められるとき
           ーspacesis 勝手翻訳ー         
  
こんな明るい曲にはまったく似つかわしくない、故郷を出たまま帰らなかった死刑囚の最後の夢を歌ったのが「思い出のグリーングラス」なのですね。外国の歌はできれば日本語訳しないで、原語で歌うのが個人的には好きなのだが、この歌は本語歌詞がとても気に入ってアサヒで歌い始めた。

わたしがラジオで日本語版を耳にしたのだが、覚えることができたのは一番目の歌詞だけで、残りの部分は今のようにネットで検索などということはなかった時代、アサヒで歌うために自作したのであるから、いい加減なものだ^^;

わたしは度々こういうことをやっている。わからない歌詞は自分で作るのである。誰に遠慮がいるものか~~。「作詞:spacesis」やもんね。
  
わたしの故郷は弘前である。もう5、6年ほども前になるだろうか、アメリカへ移住して今ではカリフォルニアに居を
構えてすっかりそこの住民として腰をおろしてしまっている、大阪時代の男友達と彼の娘、そしてわたしとモイケル娘の4人で東北を回ったことがある。

その折に、彼が気を利かしてか、四半世紀以上も帰っていないわたしの故郷、弘前に立ち寄ろうと言い出し、一晩宿に泊まったことがある。その時、ホームから駅舎を出て駅前に降り立った時には度肝を抜かれてしまった。駅舎も駅前も、なにもかもが新しく計画建築され、様子はすっかり変わってしまい、まるで見知らぬ町に足を踏み入れた気がしたものだ。
  
それもそのはずであろう、わたしが故郷を出たのは札幌放浪の19の春で、以来、盆正月も両親に顔を見せることもせず、帰郷したのはポ国に来るまでに、たった2度ほど。30年近く帰郷していなかったのだから・・・
しかし、故郷を思うとき、わたしは今でもこの歌にあるように、心の中の東北の田舎の小さな駅に降り立って入っていくのだ。

パパもママもとうに鬼籍に入り、もう迎えてくれるわけではないが、この歌を歌うとき、わたしは思わずセンチメンタルになり、二番目の歌詞で自ら書いたように、「まぶたを閉じれば浮かんでくるわ」なのである。

今年、2004年10月、2年ほど前に亡くなった母の法要代わりに、弘前に住む親戚へのあいさつ回りで、妹夫婦と車で帰郷してきた。たまたま2泊3日のその一夜が、高校の「一期会」との知らせを京都に住む同窓生から聞き、わたしは「舞踏会の手帖」をほどくごとく、やおら出席を決したのである。
参照:「舞踏会の手帳」(1938年の映画) 

夫に先立たれた女主人、クリスティーヌが若い時分の古い荷物を整理している。と、中から出てきた一冊の手帖が目に付く。それは彼女が初めて社交界にデビューした夜の、舞踏の相手の名を記しておく手帖だった。
思い出が泉のように心に染み広がり、ふとこの舞踏会の相手を一人一人訪ねてみようとする。今その人たちはどうしているだろう・・・その「舞踏会の手帖」を頼りにかつての相手を訪ねて行く、と言うようなお話なのですが・・・
        (猪俣勝人著:世界映画名作全史引用)

高校卒業以来、39年振りの、わたしとしては初めての一期会出席だ。
一期会というのは、わたしたちが「弘前南高校の第一回生」というのから来る。新設公立高校であった。
    
「39年」と一口に言うけれど、言うけれど・・・それぞれが重ねた幾星霜。
みんなどんな風になってるかな?わたしはどんな風に変わったのかな?少し恐いようなドギマギする心を抱きながら、台風が近づきつつある弘前の夕方の雨降る町を、タクシーで会場へと向かう。

すると、会場から、おお、聞こえる聞こえる!

       ♪北の涯 垂氷は消えて
           さみどりの 千草萌え出づ
           見よ 生命匂ふ 若人の群
           この丘に競ひ 自由を謳ふ
           ああ そは我等なり
           無限の希望 胸に奏でて
           大いなる理想を 此処に求めん

初代小野正文校長作詞、芥川也寸志氏作曲の我が母校校歌が、開会時間に少し遅れて到着し、古い和式の階段を上っていくわたしの耳に飛び込んできた。かなり目の悪いわたしは、特に知らない場所では、夜でも度つきグラサンを放さないことが多いのだが、今回はみなさんに失礼にあたると思い、それをはずし、会場の受付へ。

「あ!袖○さん!いらっしゃい。おひさしぶり!」
「ようこそ遠方から。今日はすみませんが、乾杯の音頭、とってください。」
「ええ!わ、わたしが?乾杯の音頭て・・・だって準備してまへんよぉ^^;」
「毎回、一番遠いところから出席する人に、これをお願いすることになってるのよ^^」
    
確かにポルトガルから出かけたわたしは、一番の遠方来訪者ではあるけど、突然はひどいよぉ^^

ひとしきり当時の学校長、幹事の挨拶が終わったところで、ついに回ってきました、乾杯の音頭とりのお役目が。慌てふためいて立ち上がり、「お役目光栄」の一言を加えて、「我が母校、我が同窓生たちに乾杯!」ということで、無事になんとかお役目を果たしたと思いきや・・・

何気なく自分のいるテーブルの後ろにふと目をやると、
「お、おろ?」
かつての開校時代の諸先生方がズラリと座っておられるではないか!!
「し、しまった!」
   
諸先生方のテーブルに尻をば向けて、乾杯の音頭をとってしまったではないか!ご~~~ん。いえね、度つきグラサンをはずしていたもので、よく見えなかったのであります^^;

しかし、そんなことを気にしてかしないでか、かつての担任のS先生、
「おおお!袖○、ささ、こっちへこっちへ」
「出席者名簿を見たら、なんと君の名前があるではないの。これは逃すわけには行かないと思って、今日はがんばって来たぞ」とは、世界史を教わったS先生、少しお歳は召したが昔と少しも変わらず^^

少し偏屈にツッパッて生きていたであろうあの頃のわたし、そして、その後の卒業名簿ではずっと住居不明のままだったのを、長い間気にかけていただいたようでした。 S先生、もうどうぞご安心を。紆余曲折、人生いろいろありましたが、半世紀かけて、生きることがなんとなく楽しいと思えるようになりました。

この会の3時間は結局「なつかしや~」の諸先生方や同窓生たちとの挨拶でほとんど飲まず食わず^^;
二次会会場にあたる同窓生のひとりが持つ「あすなろ」なるスナックへほぼ全員が繰り出しカウンターの中も外も満員^^
みな、「勝手知ったる台所」で、好き放題にやっておりました。

ああ、いいなぁ、こんな雰囲気。
あの頃のわたしは一匹狼のごとく、密かにツッパリ、孤独を愛していつも本ばかり読んで、同窓生たちと交わることが少なかったのだが、長い年月はそんな角も取り去り、心も体も随分と丸くしてくれました。
    
まるで学生時代のあの頃に帰ったような一期生たちの団結力を目の辺りにしながら、翌朝東京に向かう予定ゆえ、みなに別れを惜しんでスナックを後にしたのでした。

実は、この時のことで、白状しなければならない事があるんでして・・・
長くなりましたので、この項、次回の続きに。


Youtubeから、トム・ジョーンズのGreen Green Grass of Homeを拾いました。



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コメント
人間模様が面白い!
姐様のそそっかしい?体験。ほとんど同体験ですね。
お互いお恥ずかしいばかりの人生だす。最近、You Tubeではまっているのが、小林薫のテレビドラマ「深夜食堂」。私の友人の友人がアドマンから漫画家となり、その漫画がテレビドラマとなりました。私の友人も、漫画のネタとなっているらしいのです。見始めたらなかなか面白い。30分ドラマの中に、含蓄のある人間模様で後味の良いドラマです。お暇なときにどうぞ。
http://www.youtube.com/watch?v=LrlpmWOz_fY
2014/10/18(Sat) 07:29 | URL | 忙中閑ありジョギングちゅう! | 【編集
ちゅうさん
あら!あの中でお知り合いがモデルになってたの?実はそのドラマ、もうとっくの昔に見てまっす(笑)ああいうタイプのドラマは地味だけれども味がありますね。わたしもず~っと続けて暇を見ては見たものです。

当方、これから新しい影絵作成にとりかかります。なかなか進まないのですが、図書館から12月にとお願いと連絡がありました^^;がんばらなくっちゃ!

ちゅうさんも、ジョギング中には車、自転車にきをつけてね^^
2014/10/18(Sat) 16:23 | URL | spacesis | 【編集
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