2015年2月18日 

取調室の床いっぱいに落ちた、無数の羽根のような感情の残滓。一美の掌から舞い上がった心の断片。嘘と真実。武上の目の裏で、そのイメージが、頼りない蝶の羽ばたきと重なった。寄る辺なく孤独で、真っ白で。
「やがて地獄へ下るとき・・・」わずかに抑揚をつけて、呟くように徳永が言った。
「そこに待つ父母や友人に、私は何を持っていこう」
「何を持っていくんだ?」
「え?確か・・・・」徳永は考えた。「あおざめ破れた蝶の死骸・・・」

つい、先だって読み終えた文庫本宮部みゆきの「R.P.G.(Roll Play Game)」の最後の場面の書き抜きなのですが、こんなところで、西条八十の詩にめぐり合おうとは思いもしませんでした。

やがて地獄へ下るとき、
そこに待つ父母や
友人にわたしは何を持って行こう。

たぶん私は懐から
蒼白め、破れた
蝶の死骸をとり出すだろう。
そうして渡しながら言うだろう。

一生を
子供のように、 さみしく
これを追っていました、と。

父母や友人たちが待つ場所を「地獄」とうたうところが、とても斬新に感じられ、夢を追う人の一生の儚さ、淋しさが摘み取られる心に残った詩のひとつです。西条八十と言えば、そのほか心に残っているのは小説「人間の証明」に出てくる「ぼくの帽子」です。

母さん、僕のあの帽子、どうしたんでせうね?
ええ、夏、碓氷から霧積へゆくみちで、
谷底へ落としたあの麦わら帽子ですよ。


本を読んでいる時に、自分が知っている忘れかけた詩をその中に見出すのは、わたしにとってとても嬉しいものです。ミステリー小説でよく出会うな、と思い、過去に、長年かかってやっと、詩の出所を発見したという経験を思い出しました。下記はそのときの日記を引っ張り出したものです。


2006年11月19日

daiary
★我が日記の35年の時間のページで眠る押し花たち

高校時代には、苦手な理数系の勉強はほったらかしに、フランス文学、ロシア文学、ドイツ文学の著名なものを図書館から借り出し、片っ端から本を読みふけったものですが、どういうわけか、日本文学にはほとんど手を出した覚えがありません。外国文学の起承転結の明確なところに、わたしは心を躍らしたようです。

ところが、20歳頃に、グワッとのめりこんだのに、純文学ではありませんが、松本清張シリーズがあります。
「黒い画集」から始まり、砂の器、点と線、波の塔、霧の旗、黒革の手帳、けもの道、等等、あげるときりがなく、松本清張の全作品を読破したとは言いませんが、かなりの冊数を読みきりました。

「社会派推理小説」と当時呼ばれた清張の作品は、大人の匂いがプンプンして、まだ20歳のわたしには大きな刺激でした。もちろん、創作の話ですからそのまま鵜呑みにすることはしませんでしたが、それでも、世の中の理不尽や犯罪に駆り立てられた人の心理のようなものを、こっそり覗いたような、心が寂しくなるような、それは不思議な刺激でした。 

それらの中で特に心に残ったものは、霧の旗(清張の作品ではこれが最も心に残っており、柳田桐子という主人公の名までも覚えています)砂の器、そして、ゼロの焦点です。つい先ごろ、この「ゼロの焦点」をもう一度読み返す機会がありました。 職場の図書室の隅っこで偶然みつけたのです。

現在形で読む本を手になくしては、生活がおちつかないわたしは、このところ、日本から送られてくる本が途切れており、40年近くも前に読んだこの本をもう一度手にとってみました。そして、思い出したのです、あの20歳のころ、気になりながら、調べようもなかった詩の1節があったことを。

In her tomb by the sounding sea.  とどろく海辺の妻(彼女)の墓。

戦後の自分の職業を隠さんがため、今では上流社会夫人になっている妻が過去を暴かれるのを恐れ犯罪を犯し、冬の日本海の荒れた海にひとり小船を出して沖へ沖へと漕いでいく姿をじっと見送る夫を描く最後のシーンに出てくる英詩です。

当時、この詩がいったい誰によって書かれたものなのか、これだけではヒントにすらならず、長い年月の間にいつの間にか記憶の彼方に押しやられていたのでした。
読み終わったところで、今ならgoogleで検索できるかも知れないと思いつき、英文でそのままキーワードとして打ち込みました。

おおおお!出た!出たではないか!詩の全部に行き着きました。
この詩は、「Annabel Lee=アナベル・リー」と題されるエドガー・アラン・ポーの最後の作品なのでした。(詩全部をお読みになりたい方はWikipediaで、アナベル・リーと検索しますと出てきます)

詩、「アナベル・リー」は、14歳でポーと結婚し、24歳で亡くなった妻、ヴァージニアへの愛をうたったものだそうで、ポー最後の詩だとされています。

「とどろく海辺の妻の墓」は、その詩の最後の1節です。エドガー・アラン・ポーといいますと、わたしなどは、「アッシャー家の滅亡」の幽鬼推理小説家としての一面しか知らず、詩人でもあったとは!

Wikipediaで検索しますと、ポーの大まかな半生が書かれていますが、あれが事実だとすると、残した作品にたがわないような激しい愛の一生を終えた人です。

40年近くも経ってようやく、「ゼロの焦点」のラストシーンと、このポーの人生の結晶である「アナベル・リー」の詩がつながったのでした。

う~ん、これは清張ばりで行くと、彼の作品同様に、「点と線」がつながったとでも言えるかしら(笑)


本日もお付き合いくださり、ありがとうございました。

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