2006年3月1日
海岸通りの洗濯物

ポルトの吹く風は、とても冷たく乾いていますが、春の匂いを運んで来る
今日この頃です^^

さて、今では成人に成長した長子、息子の教育問題は、のほほん者のわたしでも、
少し悩みましたw 前回述べましたように、ポルトガルの公私立には入れない、
日本人学校はなし、の環境です。
では、他にどんな教育施設があったかと言いますと、まず、
   ①フレンチスクール(←こりゃ全くだめ。亭主は少々分かるようだが、わたしゃ
皆目分からん。ポルトの土産物店で、わたしが抱えてる品物をフランス人に
「それ、どこにあるの?」と聞かれて(と思うw)、「フランス語話せません」を
ポルトガル語でフランス語風に答えて相手の目を白黒させた人間であるw)

   ②ジャーマン・スクール/ドイツ人学校(←ビアハウスで毎晩ドイツ語でビアソングを
歌っていたのだが、フランス語同様ドイツ語もチンプンカンプンw
せっせと生ビール飲んでただけでした^^;よってここもダメ)

この2校は、当時のポルトガルに於いて、まだ英語が第二外国語の確たる地位を
占めていなかった時代で、小学校でも英語よりフランス語/ドイツ語が第二外国語
とされ、英語は選択科目になっていました。

子供がいったいどんなことを学校で学んで来るのか、わたしは興味深々、
あわよくば一緒に学びたいと思ったりしてたのでしたw
自分が理解できない言葉では無理です。

ところが、もう一校あったのです、Oporto British School!
調べて見ると、あらら、かなり入学が難しい学校ではござらんか!
何が難しいかと言うと、子供は当然のこと親も英語を理解しないといけないと言う。
更にイギリス国籍を持つ子供を優先的に入学させるので、必然ポルトガル人の数は
限られる。聞いて見ると、ウエイティング・リストにズラリ入学希望者が並んで
いるとのこと。さぁ、おっかさん、亭主に「ここがいい~~!」

問題が生じたのです。亭主が渋りましたw
①スクールバスがないではないか!(当時は朝の出勤時間とぶつかり、家から車で
毎日登校に1時間はかかったw)
②幼稚園部と言えども、高額授業料。これを11年も継続できるか!
(ポルトの私立小高大学全ての中でダントツ^^;)

当時はわたしは今のように仕事をしていませんでした。
日本語の生徒は二人ほど、友達ということで頼まれてとっていたものの、大した
謝礼は受け取りませんでした。(あ、今も同じですよん^^)
義母、おばたちの大家族を抱えていたので、渋る気持ちは分かるものの、
一旦決めると簡単には後に引かないのが「おっかさん」w

ある日、強力な味方を見つけたのであります。
「どうしても日本語を学びたい」と言って、人づてでわたしの所に来ていた
Fernandaさん^^わたしとは親子ほども歳が離れていましたが、とても気が合いました。
息子が生まれる以前からのお付き合いで、彼女は「Povoa de Verzim」という
町からポルトまで電車、そして更にバスを乗り継いで、週に2回我が家に
勉強に来ていたのです。
ブラジルはサンパウロの人で、ご主人はポルトガル人、子供はいません。
彼女自身もサンパウロでは、英国教育を受けた人だったのです。
いわく、
「少々苦しくてもBritishに入れなさい。子に施す教育は投資です。
バイリンガル、トライリンガル、心配しないでよろし。早く始める程に
問題は少ない。わたしがその良い例です」
(↑ブラジル語は当然ながら、英語、ドイツ語、イタリア語をこなし、更に日本語を
勉強していた。彼女が自分につけたニックネームは「papgaio=パパガイウ(オウム)^^

おおおおお、心の友~~!
我が子のおつむ具合も考えずに、フェルナンダさんの言葉を単純に信じて、
日本語一本で息子に話しかけて来た「しゃもじペンペン母さん」は、
Biritish School入学準備として、我が子に、「え、英語をも何とかする」ことに
相成ったのでありました^^;

★本日の写真は、世界遺産指定になっているポルト旧市街。
 世界遺産の洗濯物?(笑)

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