2015年8月20日 

バルセロスは人口12万ほどの自治体だが、中世からポルトガルのサン・チアゴ・デ・コンポステーラ巡礼者にとっては、重要なローカル地点のひとつでした。町を流れるカヴァダ川(Rio Cavada)にかかるバルセロス中世橋(Ponte medieval de Barcelos)は、その巡礼者のために造られたといわれます。

奇跡の雄鶏の主人公が後に建てたと言われる十字架石碑は、その橋を中心街の反対側に渡った丘に建つ、バルセロス伯宮殿(Paço dos Condes de Barcelos)遺跡にありました。この遺跡は現在、「バルセロス考古学博物館」になっており、国のナショナル・モニュメントにでもあります。

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アズレージュ絵では、かつての宮殿が見られます。1755年のリスボン大地震でかなり破壊されたと言われます。
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野ざらしの博物館で、宮殿跡のいくつかの遺跡があります。

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件の十字架石碑、Cruzeiro de Galoは外庭にありました。1940年にこの場所に移動されたとあります。

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上から、十字架のキリスト、その下にガロ、首吊りの男、一番下が巡礼杖サン・チアゴです。石碑の裏はこれ。

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上はキリスト、その下は逆光で陰になってしまい判別しにくいのですが、ドラゴンだそうです。そして次が右隅に太陽左隅に月、その下が聖母マリア、最後は右手に羊飼いの棒、左手に開かれた本(聖書)を持つことから、サント・アントニオ。

石碑の正面は問題ないとして、裏側はドラゴン、太陽、月と神秘主義のシンボルが入っています。

サンチアゴ・コンポステラへの路は、キリスト教徒の巡礼路であると同時に、その実、ポルトガルのシントラから、サン・チアゴ・コンポステラ、フランスのシャルトル大聖堂、パリのノートルダム寺院、フランス北部のアミアン大聖堂を中継地とする、スコットランドのロスリン礼拝堂へ到達する秘儀参入の巡礼路ではないかとは、わたしの推測です。

してみると、伝説に「ガリシアの男」とあるのも、このシンボルを考え合わせると合点がいく気がします。スペイン、ガリシア州の州「ガラスの町コルーニャ(ラ・コリューニャとも言う)」は、紀元前にはケルト系民族が住んでおり、神秘主義にもつながります。数年前に訪れたコルーニュでは多くの面白いシンボルを見つけ、小躍りしたものです。ガリシアに近い北部ポルトガルも少なくともその影響を受けているはずです。

「ガリシアの男」とは、暗に神秘主義者、秘儀参入者を指しているとすれば、奇跡を起こしたという伝説は、いかにもと、頷けるわたしであります。

下記はコリューニャの旅行記です。
 スペイン、ヘラクレスの塔

スペイン人と英語、見習うべきかもだ

では、また。
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