2015年9月13日 

9月に入り、通常通りの日本語グループ授業、個人授業が始まり、夏の間、少し不調だった体調も元に戻りました。体調不良の原因はというと、言うも恥ずかしいところですが、食事会での暴飲暴食であります^^;

気の合った夫の医者仲間が、連れ合い同伴で8人ほどのメンバーを作っており、年に2、3回、集まって食事会をするのです。

ポルトガル語が皆目分からなかった始めの頃、少しずつ耳だけは肥えていき、なんとなく話の内容が想像できるようになり、と、この段階までの食事会は、ちっとも楽しめませんでした。話に加われず、「Sim(ええ)」「Não (いいえ)」「Mais ou menos(まぁまぁ)」の三語以外は黙々と食すのみです。何しろ、3時間は続く食事会、「早く終わってくれ~」と、心中で叫んでいたものです。

この頃は子育てと主婦、土曜日の補習校の仕事で、時間的にも経済的にも手一杯。子供たちの弁当作りから始まり、学校が私立で遠くにあったため、毎日の送迎(わたしは迎え専業)、稽古事の送迎、学校からの宿題、土曜日補習校の宿題、日本からの4教科の通信教育と、これらを子供たちと共に時間を過ごしていた日々でした。ゆえに、自分のポルトガル語教育に投資する余裕なし。好きな読書が就寝前にできたのが嬉しかったものです。いい訳がましくなりますが、そんな事情でポルトガル語を学習し始めたのは、60を過ぎてからです。

やがて、共通の話題が子育てや子供たちの進学、進路のこととなり、わたしもポルトガル社会に慣れて行き、たどたどしいポルトガロ語で少しずつ仲間の話に加わっていきました。今では、文法的な間違いはいいや、ここでは外国人だし勘弁してもらおうと開き直っています。

7月も終わる頃、定例の食事会の声がかかりました。皆、歳をとりました。話題は子、孫の話でもりあがり、「さぁ、飲め、食べよ」と勧められるままに、自分の小食を忘れ、飲み食いしたのが祟ったのであります^^;

冷たいワインもおいしく、コップにつがれては飲みつがれては飲みと、年甲斐もなくついつい・・・以来、夏中ずっと、調子が悪かった(涙)

わたしは大してできた人間ではないので、体調が悪いときは、まじめに物事を考えないようにします。心と体は互いに影響しあうのです。そして、こういうときは、時折、パソコンの側に置いてあるプラスティックの正六面体に目をやります。

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これは我がモイケル娘の手作りです。「作:マイケル・じゃっくそん・コスタ・サントス 11-11-2002」と、別面に書かれてあります。「マイケル、モイケル」は、彼女の日本名を、同級生がポルトガル語で発音すると、そんな風に聞こえることから、彼女に付けられたアダ名なのです。

2002年は、彼女がポルトのブリティッシュ・スクールからポルトガルの私立高校に移った頃で、既に日本の大学で勉強したいとの希望を抱いて、学校環境の変化を克服しようと苦労していた頃です。

幼稚園から中学3年まで、全て授業は英語でなされていたのが、転校することにより、ポルトガル語での授業に切り替わったということで、わたしはこれを密かに「国内帰国子女」だなぁ、と呼んでいました。

日本での進学のためには、父親を説得し、学費捻出を考えなければいけないと、色々知恵を絞るバトルの時期です。夏休みに帰国した折に耳にしたであろう、お千代さんの「人生いろいろ」の歌詞がある面、

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植木等の「金がない奴ぁ~俺んとこへ来い!」の面、

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「明日があるさ、明日がある」は坂本九ちゃんの歌です。

そしてこちらの面には、ドラマ「一つ屋根の下」の有名なセリフ、「心にダムは あんのかい!」
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どれもみな、彼女の年齢にしては古びた歌、ドラマですが、おっかさんであるわたしの影響です。これらの六面体には、日本の大学受験をしたい、及び、合格した後の学資をどう捻出したものだろうか、との、彼女と、彼女の夢実現の手伝いをしたいおっかさんの、毎日毎日、思い巡らしていた希望的観測の思いが表れています(笑)

2006年の「金欠病親子の帰国子女受験奮闘記」にこう書いています。

エピソード2:「お金がないじょ!」

さてはて困ったもんです。
日本へ帰るったって、日本の大学へ行くったって、もいける娘よ、あぁたの親の 生活基盤はポ国であるぞ。

物価が安く、それまで日本のほぼ半分の生活費で暮らしができたお国である。 日本からポ国へ来るのならいざ知らず、その逆コースであるから、これはあぁた、 並大抵なことではございません。

我が家ではその頃、六つ歳が離れた息子は、リスボンで大学生活です。 リスボンと言えば、住居賃貸料の高さでは、なぜかヨーロッパでも1、2を争うという、 どうでもいいようなことで有名な都市です。 法外な家賃を5年間も払って(ポルトガルの大学は5年制)ドブに捨てるよりも、 建て直ししたのでいいからリスボンにアパートの一室を買った方がいい、と夫は判断。

ローンを組んだばかりの頃です。ポルトの自宅とリスボンのアパートのローンと・・・・・・ 日本の大学受験は無理だってば^^;

娘が父親に面と向かって宣言できなかった理由は、ここにあるのでしたw 夢です。夢ならば見ることは自由だ、娘よ。

しかし、かえるの子はかえる。 「いつかアメリカで」と高校時代からの夢を見続け、卒業後都会で一人暮らしをしながら、 オフィス、歌バイトと数年間働いて、ついに夢を叶えた、そのおっかさんこと、 わたくしの、さすが娘(笑) もっとも、自力でその夢を実現できたのは、三十路を過ぎてたが^^;

つまり、そう簡単には諦めず、頑固に色々計画をコネorごね回したのでありまし た。


この6面体の歌を見ながら、心で歌いながら、物事をポジティブにとらえて自分を励まし、目標に向かっていたのだな、と思うと、あの頃の娘を愛おしく思い出します。六面体が作られてから13年になりますが、その後、彼女は父親を説得し、受験し、目標大学への入学を果たし、夢を実現しました。このポジティブ思考を忘れないでほしい。

今、いつでもわたしの目のつくところに置かれた「希望の六面体」は、小雨降る今日のポルトのわたしの前で、歌っています。

「人生 いろいろ~チャチャチャ ♪」

「ズッコケ親子の受験戦記:めざせ夢、日本の大学!」はこちらでご覧になれます↓
http://www.geocities.jp/spacesis_pt/html/kikoku/kikoku_top.htm
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コメント
なかなかダムでは堰き止められない!
堰き止め難いのが、洪水と、食べ過ぎ、飲み過ぎかな、⚪︎⚪︎に説法かな(^o^)

何事もほどほどが宜しいかと存じますが
そうは行かないのがよの常でしょうか(^o^)

ご自愛くださいませ(^o^)

「大前怜子 公式ぶろぐ」がスカットさわやか(^o^)、おあとがよろしいようで、

ではまた、間髪を入れずに(^o^)


2015/09/14(Mon) 07:52 | URL | やまひろ | 【編集
やまひろさん
あははは。
堰き止め難いのが、洪水と、食べ過ぎ、飲み過ぎ、ね(笑)

でもね、こういうことをしたのは30年ぶりくらいですぞ。

つくづくと、歳や~と肝にめいじましてございます。

実は今月下旬に、結婚式があるのですが、これが、こちらの結婚式は飲んで食べて踊って喋ってと、真夜中過ぎまで続くんです・・・

今から、いかにして途中で抜け出そうかの算段をしております(笑
2015/09/15(Tue) 18:54 | URL | spacesis | 【編集
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