2015年12月13日 

この数日、夜遅くまでパソコンとにらめっこしていました。さすが今日は目が痛い。取り組んでいたのはこれです↓

アサヒビアハウス

1970年の後半からわたしが渡米するまでの数年間を、歌姫バイトで過ごした、わが思い出のアサヒビアハウス時代のエッセイと写真集を一冊のファイルにまとめました。

エッセイについては、ところどころ書き直したものの、元来がわたしの拙文です、これ以上、手の入れようがなし、はははは。写真集は一部撮り直したりしてみました。今日はこれをショッピングセンター内にあるコピー専門店に持ち込み、上の写真にあるように、見栄えがするように作ってもらいました。

アサヒビアハウス

アサヒビアハウス
 

一週間ほど前のことです。ブログのコメント欄に、アサヒビアハウスの歌姫時代の仲間の一人のご子息からのメッセージが入りました。お父上が今度、喜寿を迎えるゆえ、spacesisさんからメッセージをいただけないか、それをサプライズにしたいのだ、そうです。

喜寿を迎えるお父上とは、アサヒでいつも一緒だったアコーディオン奏者のヨシさんでした!ビアハウスでアコを弾いていながら、実はほとんで飲めないという方なのでした。

アサヒビアハウス

わたしの記憶にあるヨシさんは、いつもニコニコしている人でした。わたしが新しい楽譜を引っさげて、ほとんど音合わせなしの新曲を歌うとき、ステージで時々失敗、伴奏と合わなくなったりするのです。
そんなときは、二人とも顔を見合わせて、わたしなどはマイクを持ったまま目を丸めて「うげ!」です。

が、ヨシさんはひょうきんな表情で、その場をなんとか取り繕ってくれ、危機を切り抜けたことが何度かありました。そのヨシさんが喜寿かぁ・・・と、感慨にふけ、そうだ!これを送ってあげよう!と思いついたのが、長い間、放ったらかしにしていた、「あの頃、ビアハウス」のエッセイ集です。

ヨシさんは恐らくパソコンを使っていないことでしょう。
ご子息が「アサヒビアハウスは父の青春なのです」と、言っておりましたが、それはわたしにも同じことが言えます。

色々な大人たちにそこで出会い、共に歌を、ビールを楽しみ、アメリカ移住の夢を育んだ場所です。アサヒビアハウス梅田は、言うなればわたしの古巣なのです。

そんなわけで、この一週間ほど、ビアソングや、ビアハウスでよく歌われた第二次世界大戦前後の懐かしい歌を聴きながら、久しぶりにアサヒビアハウスのあの頃にひたっていたのでした。
アサヒビアハウス

エッセイ集にも写真を挿入し、カラーコピーで仕上げてもらいました。
え?誤字脱字はないのか、って? それを言っちゃぁおしまいよ(爆)

いえね、出来上がったアルバムを見直して、あちゃ~、番号がずれてるぞ、とか、タイトルが抜けてるぞとか、色々発見いたしまして^^;先ほどまで、訂正箇所に紙を貼り付けておったという次第であります。
ペンに入れてコピー店に持っていく前に、確認したつもりなんだが、やっぱりわたしの目は節穴でありました(笑)

これもわたしの愛嬌ということで、ヨシさん、かんにんしてくださんせ。

今回こんな風にアルバムにしたのは初めてですが、これをあと2冊作ってもらい、母親の人生の軌跡を子供たちに残そうと思いました。

昔と違い、写真はパソコンに取り込まれることが多く、何かあったときには全部失せる可能性もありことだし、親子で懐かしく語り合うのもパソコンを開けて、というのでは、いささか興ざめというもの、わたしはいまだにアナログ人間ではあります。

現在、「あの頃、ビアハウス」は、7編ほどで止まったままですが、今回、完了させましたので、順番にアップしてまいります。

では、みなさま、また。

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2015/12/14(Mon) 15:07 |  |  | 【編集
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