2016年2月20日 

さて、サンベント駅、構内左壁上方の アズレージュ絵の関連話に戻りまして。

1137年にレオン王国とTuiで和睦を結び、ポルトカーレ独立を諦めたかに見えたエンリッケスですが、実はしかとした勘定があったのです。彼は独立よりまず先に、イスラム教徒軍からリベリア半島を奪回することを優先させました。

Tui和平条約の2年後、1139年7月に、エンリッケス軍は、アレンテージュ地方のオウリッ(Ourique)にて、5人の王のイスラム軍団と戦うことになります。ここからは、ポルトガル国旗に因む伝説です。

オウリッケ開戦の朝のこと、エンリッケスとその軍はまぶしいばかりの幻想を目にします。エンリッケス郡の前にキリストが現れ勝利を約束したと言われます。

batalha-de-ourique.png

ポルトガル北部Esposende、Forjãesにある「centro cultural Rodrigues de Faria」保存のアズレージュ絵、「オウリッケの戦い」。これもジョルジョ・コラッソの作品です。

奇跡的にこの戦に勝利したエンリッケスですが、この戦いの歴史がポルトガル国旗に描かれているのです。

bandeira2.gif

ポルトガル語で国旗はBandeira(=バンデイラ)と言います。現在の国旗は、ポルトガルが王政から共和国になった後の、1911年6月に制定されました。

濃い緑と赤の比率は緑が五分の二、赤が残り五分の三を占めます。赤は、ポルトガル建国で流された血、勇気、喜びを表し、緑は海と希望の色、また、戦いに於いてポルトガルに勝利を与えた栄誉ある色とし選ばれました。

中央にあるのは、ドン・マヌエル一世がポルトガルの大航海時代の象徴として地球儀を据えてあります。真ん中の五つの盾は、「オウリッケの戦い」で破った5人のイスラム王を表し、盾の中の五つの点はイエス・キリストがゴルゴタの丘で磔刑になったときに受けた五つの傷跡(聖痕)を表し、ポルトガル王国の紋章で、この五つの盾を「quinas(キーナス)」とも呼びます。ポルトガルサッカーチームの名前「equipa das quinas(キーナスチーム)」は、これから来ます。

キーナスの周りにある七つの黄色いcastelo=城は、13世紀、ドン・アフォンソ三世によって、イスラム教徒から取り戻された七つの城を意味します。レコンキスタ運動はこれで完了することになりますが、実に何世紀もの時をかけて、終にイベリア半島はキリスト教徒の手に落ちました。

さて、ポルトカーレ独立を諦めたかに見えたエンリッケス伯ですが、奇跡的なオウリックの戦いに勝利した勢いで、ポルトガル国王の宣言します。そして、次回はいよいよ、サンベント駅、アズレージュ絵にある「Torneio de Arcos de Valdevez(ヴァルデヴェスにおける騎士たちの激戦」に入ります。

では、また。
にほんブログ村 海外生活ブログ ポルトガル情報へ blogram投票ボタン
コメント
コメントを投稿
URL:
Comment:
Pass:
秘密: 管理者にだけ表示を許可
 
トラックバック
この記事へのトラックバック
Click for Porto, Portugal Forecast 
ポルトガル ポルトの口コミ
ポルトガル ポルトの口コミ にほんブログ村 外国語ブログ マルチリンガルへ
にほんブログ村