2016年8月13日 

山林火災の影響を受け、ポルトの空は煙っぽく曇っていますが、匂いは大分消えている今日です。

さて、随分昔に書いた記事に、お手伝いのベルミーラおばさんの話があります。今日はまず、その引用から。

―ここから引用

ポルトガルよもやま話から:46話「コネ社会」

週に2度、午前中の3時間、大きくもない我がフラットの掃除を頼んでる、仮に解雇しようにも解雇できない、Dona Belmira(ドナ・ベルミラ)というおばさんがおります。

Donaと言うのは、ポルトガル語で既婚女性の名前の前につけられます。例えばわたしの場合は、「Dona Yuko」と言う具合に。ま、奥さんということでしょうか。

さて、そのD.(Donaの略)Belmira、今朝我がフラットのドアを入るなり、自分が先日行った血液検査クリニックでの不満をまくしたてた。

ポルトガルでは血液検査は病院ではしない。検査専門のクリニックがあり、そこで採血してもらい、後日検査結果を受け取りに行き、それから、その結果を病院の担当医にもって行って診断を仰ぐのである。

D.Belmiraが何に立腹してるかといいますと、こうです。

どこもそういう検査のクリニックは人でいっぱいになるのは目に見えているので、家を朝早く出た。それでも自分の番号札は44番。じ~っと我慢の子、自分の番号が呼ばれるのを待っていたのだそうです。

だんだん44番に近くなり、いよいよ42番が呼ばれた。すると、42番から43番、44番をすっとばして50番54番を看護婦さんが呼んだのだそうだ。

こういうことはよくあるのです^^;これは看護さんが番号を間違えるのではなくて、間に知り合いとか、知り合いの紹介とかの人をサーッと入れるのでして^^;言うなれば、コネの割り込みですね。

D.Belmira、黙っておりませんです。なんでよ。なんで43の次が50になるの!と、早速その場で看護婦をひっつかまえて、一席ぶった。

「ちょっと、看護婦さん、お待ちよ。今、呼んだ番号、何番と何番?この番号札、順番でしょ?」
「そうですよ」と看護婦。
「あたしゃ、44番なのよ。43の次がなんで50になるの?」
「あたしの里じゃ、43の次は44が来る。50は49の後と学校で習った。ここは違うのかい?」

ここまで聞いてわたしはキャハハハハと大笑いしてしまった。更にD.Belmiraは続ける。

さすがの看護婦もこれには抗しきれず、仕方なく43、44と呼び直し。しかし、その後がいけまへん^^;

「見てくださいよ、D.Yuko!」と採血の痕がついてる腕をわたしの目前に突き出し、
「あの看護婦ったら、腹いせに2度も間違った振りして、針が通らないとこに突き立てて!」
見ると、腕の同じ箇所に3つの注射針の痕が(爆)

必ずしも故意にしたとは思われないが、なんともわかりまへん^^;えらい気の毒なことではありましたが、わたしは、D.Belmiraがプリプリ怒っているのに拘わらず、「あっはははは」と大声で笑わずにおれないのでした。

こういう小さなことから大きなことまで、ポルトガルがコネ社会であるのは間違いない。フェアじゃないと知っていながら、時々わたしも夫の七光りを受けて、43番の次に50番が来るようなことをしてもらってることが
残念ながら・・・ある^^;

そのようなことを自ら頼みはしないが、亭主を知っている人たちは、知らぬ間にそういう計らいをしてくれてるはずです。そう思ったら、「あっはははは」と笑った後で、気がひけてしまいましたっけ・
・・

―引用終わり

拙ブログにこんな風に時々登場願っているベルミーラおばさんだが、2ヶ月ほど前にのっぴきならぬ事情で30年間通った我が家の掃除の仕事を退職したいと申し出てきました。 その事情を聞いていたし方ないなと納得、了承せざるを得ません。

ベルミーラおばさんとの付き合いは我がモイケル娘が生まれる前からと長く、当時は彼女は近所に住んでおり、姑宅と我が家に通っていたのですが、5年ほど前に、ポルトから離れたEspinhoという町に二人の娘さんの家族とともに引越ししていきました。以来今日まで、それまで同様、週に2回を片道1時間半かけてずっと来てくれていたのです。

通うことができない事情とは、娘さん二人は共稼ぎなのですが、3人目の孫が半年ほどに生まれ、近所の保育所に預けて、彼女はまだ我が家へ通うつもりだったそうですが、受け入れはOKだったものの、開園時間が7時半。

二人の娘さんはわたしが住む区域マイア市で8時半から働いており、日によっては車でくることもありますが、通常はその3人で早朝に家を出て電車バスと乗り継ぎくるわけです。自分が住む町の近くに仕事が見つかればいいのですが、それは今のポルトガルではぜいたくと言うもの。今の仕事を手放さないため、娘さんたちも1時間半の通勤時間をかけてでも通っています。

7時半の保育園開園だと電車バスの時間を変えざるを得なく、わたしのほうは10時からきてもらってもいいとして、娘さんたちはそんなわけにはいきません。

そこで家族で話し合った結果、ベルミーラおばさんが家に残り、孫の面倒をみる、という結論に達したとのことでした。これを聞いたときは、ガーーーンでした。

ここ数年、日本語クラスを増やしてしまい、外での授業も結構多いゆえ、ベルミーラおばさんなしでは家の掃除が行き届かない。彼女が来る日は、家の中を任せて出かけることがほとんどと言えるほど、30年もの付き合いで信頼を培ったおばさんなのです。

ベルミーラおばさんは、この近所の他の数軒にも通ってきたのですが、8月に入ると全て他を辞めて、娘さんたちが夏休みの今、我が家のみに通ってきています。ひとつには、8月9月と、我が子たちが帰省してくるゆえ、久しぶりに会いたいというのと、もうひとつ、この夏は子どもたちと数日間の家族旅行を8月9月とするのですが、留守中の我が家の5匹ネコとノラちゃんたちのエサやりのためには、ベルミーラおばさんなしではできません。彼女もその辺のことを承知しており、8月で通うのは終わりですが、9月の旅行中は留守に来てくれることになりました。

kusatabe1.jpg
世話がやける猫たちめ~~w

そんな訳でとても残念なのですが、ベルミーラおばさんとは間もなくお別れです。
目下、新しいお手伝いさんを探しているのですが、大阪出身の友人とこの話をしたところ、曰く
「あんた、気ぃつけや。今時のは信用でけへんで。某日本企業のあの家族、おぼえてるっしょ?同じマンションの隣に通っていたお手伝いさんに声をかけて家にきてもらうことになり、帰国時に鍵を預けて帰ってきたところ、家の中がモヌケの空だったんよ!そのお手伝いと仲間が、金目の物を全て持ち去っていたんだから!」

ポルトガルに来て、お姑さんと同居中から今日まで、ドナ・ベルミーラも含む4人の我が家のお手伝いさんを知っていますが、そのうち一人はあまりにも動作が鈍く掃除に埒があかない、もう一人はどうも物がなくなるというので辞めてもらった人が二人います。

みなさん、住み込みででもない限り、通常は通いのお手伝いさんに家を任せて外出するなど、まずないようです。
ベルミーラおばさんとの信頼関係のようなのは稀で、今まで本当にラッキーだったのだとの思いに至っているこのごろです。

この数年、自宅の日本語個人授業と外での日本語教室とで、家を出たり入ったりの働き方に多少疲れを感じたりするこの頃、今年は古希を迎えるわたしです、彼女の退職を機に、好きな日本語の仕事も、退職とまで行かなくとも、働き方を考え直す時がきたかな?

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