2016年9月21日
 
首都リスボンはもちろんポルトガル一の素晴らしい街だ。しかし、我が街ポルトについて言えば、大きさでは太刀打ちできないが、ドウロ川沿い、大西洋沿岸、そして街並みもリスボンとは一味違う美しさがあり、歴史的にも見逃せない建築物が多く見られる。知れば知るほどその魅力にとりつかれ、すっかりポルトファンになったわたしである。

その地元びいきのわたしが、なんとしても抗えずこれまで度々訪れてきた町がシントラだ。

リスボンから電車で40分ほどのところに、かつて王侯貴族の避暑地とされた小さな町、シントラがある。「月の山」とも呼ばれるシントラ山脈は、古代から神秘的な山として知られてきた。山中のキンタ・ダ・レガレイラ(レガレイラの森)を始め、ペナ城、カプーシュ修道院、ジョニ・デップ主演の映画「Ninth Gate」のロケにもにも使われた私邸など、多くのエソテリックなシンボルが見られる町でもある。

それらの多くは、2008年より拙ブログにてとりあげてきたが、6度目の訪問の今回、改めて紹介していきたいと思う。

本日は、実はまだ一度も記事にしていなかった、Castelo dos Mouros(カステロ・ドス・モーロス=モーロ人の城)。日本語では「ムーア人の城跡」と紹介されているのだが、写真満載でお送りしたい。

シントラ・ムーア人の城跡
シントラ旧市街から見上げる城跡

MourosはMouroの複数でポルトガル語。モロッコ、チュニジア、アルジェリアなど、北アフリカ一帯のマグレブ地方、アラブ諸国を意味する。俗に「ムーア人の城(Castelo dos Mouros)」と呼ばれるが、正式には、Castelo de Sintra(カステロ・デ・シントラ=シントラ城)のことである。

シントラの名前はギリシャ語の形容詞を語源とし、神話にある月の女神アルテミスがCynthus山で生まれたことに由来していると言われる。 紀元前から、この山は月の女神に捧げられ、ケルト人は「cynthiaの月の山」と呼んでいたという。

8世紀にモーロ人がイベリア半島に侵入しシントラの山に城を築いた。以後、12世紀までシントラはモーア人(モーロ人)が占領している。現在わたしたちが町から仰ぎ見るのはその城の城壁(muralha)だけなのだが、この夏は、娘と連れ合いがペナ城を見学している間に、夫とわたしは城壁の頂上まで登ってみた。

シントラ・ムーア人の城跡

入り口から山道へ入ると、周囲は岩だらけ。
シントラ・ムーア人の城跡

この辺りから城壁の一部が見られる。
シントラ・ムーア人の城跡

上る途中で、小宮殿やシャレーの頭を覗かせるシントラの森が見渡せる。
シントラ・ムーア人の城跡

高部の城壁を伝ってこれから頂上へ。
シントラ・ムーア人の城跡

眼下には先に登ってきた底部の城壁が見える。
シントラ・ムーア人の城跡

シントラ・ムーア人の城跡

急な石段を上って。
シントラ・ムーア人の城跡

この辺りで、高度恐怖症気味のわたしは弱気になるが、夫の「引き返してもいいけど、ここまで来たんだからもったいないね」、との言葉に、よし、行ってやる!と決心。
シントラ・ムーア人の城跡

城壁のポイントごとに立てられている国旗は建国から現代の共和国になるまでの、ポルトガルを代表する歴代の国王の国旗だ。

シントラ・ムーア人の城跡
その中に一つだけ、アラブ語で「シントラ」と書かれた旗がはためいている。敬意を表してを表しているのだろう。

シントラ・ムーア人の城跡

こうして、ついに上りきった頂上は人が多い上に足場ば狭く、わたしにとっては危なっかしいといったらなかった。 
シントラ・ムーア人の城跡

たかが高さ420m、が、急な石段を上るのは骨が折れることではあった。近頃、時間がとれず、町歩きをしなくなった運動不足のわたしだ、翌日足腰の筋肉痛になったのは言わずと知れたことである。

上っている途中で、何度も雲の流れが変わり、青空になったり霧になったりと、やはり月の山シントラにふさわしいミスティックな天気ではあった。そして、ムーア人の城壁の頂上の向かい側には、華麗なペナ城が霧の流れで姿を隠したり現したりしていた。
娘たちは今、あの城内を見学しているであろうと、反対側にいる母はそう思いながら、眺めたのである。

シントラ・ムーア人の城跡

うっすらと霧に被われたペナ城をバックに、夫が撮ってくれた一枚。
シントラ・ムーア人の城跡

本日も読んでいただき、ありがとうございます。では、また明日。

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コメント
包容力の満載(^O^)
Brexit以降、俄に注目の国、ポルトガル(^O^) しかし、太古の昔から、ピレネーを超えてやってきたクロマニヨン人、西暦5、6千年まえは、コーカシア辺りから、大洪水を回避した人々、そして、ムーア、フェニキア、カルタゴ、ギリシャ、ローマ、アラブなどの人々を自由に泳がせた、ポルトガル、侮れない。
あの多難な状況下でのブラジル五輪の成功が示した、比較的自由な人種政策に
あったのかも(^O^)
2016/09/23(Fri) 06:33 | URL | やまひろ | 【編集
紀元前(^O^)
西暦ではなく、紀元前でした(^O^)
失礼しました(^O^)
2016/09/23(Fri) 06:38 | URL | やまひろ | 【編集
やまひろさん
ポルトガル歴史上、フェニキア人抜きにして大航海時代は語れないと思います。

古代のアラブ人は素晴らしい知識を持っていたのですね。

やまひろさん、よく勉強していますね^^
2016/09/23(Fri) 21:01 | URL | spacesis | 【編集
モーロ人の城
ポルトガルには、5年ほど前、カミサンと旅行しました。
2週間ほど、レンタカーでポルトガル国内を周遊しました。

ポルト、ブラガ、ギマランエスにも行きました。ヨーロッパの
田舎とのゆったりした雰囲気を味わえました。

シントラにあるモーロ人の城は、歴史好きの嗜好を満足させてくれました。
城壁に積まれた石が風化していたのが印象的でした。
2016/09/28(Wed) 11:31 | URL | ボルテ(H.N.) | 【編集
ポルテさん
リスボン、ポルトは観光スポットが多く、ツーリストを満足させてくれますが、地方の方がポルトガルの真に近い姿を見せてくれると思います。

最初にこの城壁に伝って登ったのは30数年も前ですが、荒れたままで今以上に風化感があり、足元が怖かったです。

ご夫婦でポルトガル旅行を楽しまれたご様子、わたしも嬉しいです。

2016/09/28(Wed) 15:54 | URL | spacesis | 【編集
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