2016年11月1日 

毎年のことですが、 10月最後の土曜日にポルトガルは夏時間から冬時間に移行します。どういうことかと言うと、時計の針を1時間遅らせて、これまで12時だったのが11時になり、日本との時差も8時間から9時間になるのです。

それが先週末に行われ、今日はカトリック教会の祝日、「Dia de Todos-os-Santos(全ての聖人の日)」で休みです。同時に1755年11月1日に大地震がリスボンを襲った日でもあります。

何度か拙ブログで取り上げてきた件ですが、再度、四方山話としてアップしたいと思います。

地震はマグネチュード8.7を記録し、リスボンの街はほぼ破壊。当時の街の人口30万人のうち、9万人が犠牲になったと言われます。強度のこの地震は、南フランスや北アフリカでさえも揺れが感じられたと伝えられます。

地震の被害がかくも大きくなったのには、次の理由が挙げられています。
「聖人の日」の前夜から習慣として、多くの家や教会ではロウソクの灯が灯されていました。更にこの日は非常に寒かったので、各家庭では暖炉の火を炊いて家で暖を取っていたそうです。

常日頃から、日本に比べてポルトガルのいい所は、何と言っても地震がないことだとわたしは思ってきたのですが、地震を予期するなどいったい誰ができるでしょうか。1755年午前9時45分頃、地震はそれまで何の前触れも無く、突然リスボンの街に襲いかかり、石造りの建物からはレンガや石が人々の頭上に降り注ぎ、「聖人の日」のこの朝、ミサのため多くのに教会来ていたたくさんの人が崩れ落ちた教会で生き埋めになりました。 

ポルトガルは大西洋に面した海洋国です。海がすぐ目の前のリスボンは高さ20メートルの津波に襲われ、地面が裂け、その地割れが水を、風を蒸気を呼び、被害を更に大きくしました。
これは3日間続き街の85%が崩壊し、壊滅状態になりました。

この時、かろうじて残った一画が、今では観光地となっていて中世のたたずまいとその狭い路地に家々が密集しているアルファマ地区です。
       
リスボンの街はこの後、ドン・ジュゼ一世王の命令でポンバル公爵によって再建されるわけですが、Convento do Carmo(カルモ修道院)を代表とするいくつかの建物は、この惨劇の象徴として、手を加えられることなく当時のまま保存され今に至っています。

因みに、地震はポルトガル語で「Sismo もしくはTerramoto」と言います。Terraは地球、土地、 moto=運動、運行の意味があります。下の画像は2014年に訪れたときのカルモ教会です。
carmo1[1]

また、興味あらば、下記の関連記事がありますので、どぞ。

リスボンのアルファマ区域
リスボン大地震の爪あと:カルモ教会


本日もお付き合いくださり、ありがとうございます。


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