2017年1月17日 

小学生の頃は、毎晩奇抜な夢ばかり見ていたが、わたしはああなりたいこうなりたいとの夢は持たなかった気がする。この辺の記憶はあいまいなのだ。

ただ、一度読んだ本、「怪盗ルパン」に憧れて、「ルパンのように、わたしも世界をまたに架ける大怪盗になりたい。」という風なことを作文に書いて朗読し、担任に母が呼ばれたことがあるが、それは夢と言える類のものではない。

中学時代から歌うことが好きではあったが、歌手になりたいという切実な思いは持たなかった。歌手になれるほどの歌の上手さも容貌もないと、子供ながらに身の程を知っていたのか。しかし、今ならこう言える。身の程を忘れて夢を耕す人に、その夢の実現は来る、と。

子ども時代から大人になるまで、わたしたちは色んな夢を着ては脱ぎ捨てる。 私の場合を見れば、カラオケなどなかった当時だが、歌うのが好きでよく一人でギター片手に歌っていたのが、「芸は身を助く」とは言ったものである、プロとは言いがたいが素人にちょっと毛が生えたような歌いぶりでビアハウスの歌姫パートで稼ぎ(後記にて案内)、それを資金に、これもまた夢であった渡米を果たした。

わが子たちに日本語や初級英語を教えているうちに、楽しく教えるノーハウを自己流で身につけ、気が付けば補習校の講師をしていた。これなどは、なまじっか頭がよかったら考えが及ばなかったかも知れないと今でも思ったりしている。

つまり、「できない」というのが、子供のころ「できなかった」わたしには手にとるように分かり、では、自分ならどうしてもらったら「できるようになるか?」と反問できるのであり、そこから自分で指導資料を作成するのだ。

そして、その後は、「日本語ってほんま、奥深いんねぇ」と今ではポルトガルの生徒に教えながら自分も学べることを楽しんでいる。

2010年にはびびりながらも、ポルト市と日本の国際親善協会の共催で催された一週間を日本文化祭で市内を彩る「Japan Week 2010」の大プロジェクトのコーディネーターの仕事を約1年かけて引き受けさせられ、ラジオCMの声出演もしたりと、「豚もおだてリャ木の登る」を地でやったこともある。

こうして振り向けば、大学進学の夢こそ砕かれたが、わたしは幸いにして、夢のかけらを少し手にした部類だということが言える。なんだか自慢のオンパレードになったみたいだが、今日の本題はこれではなくて、息子達なのであります。

あれ?「たち」って、spacesisさん、息子二人いたっけ?まぁまぁ、ちょっとお聞きくだされ。

子供たちが小学校3年生くらいまでは、ベッドタイムストーリーと称して寝付く前のひと時、ずっと日本語英語の本を読んであげていた。とある冬の日に、息子に読んで聞かしたのは、ノルウェーの探検家で、イギリスのスコット大佐と競い、人類初の南極点到達を果たしたアムンゼンの子供時代の話であった。

北欧では寒さを防ぐために二重窓になっていると言う。少年アムンゼンは、体を鍛えるために冬の最中、その窓を開けっ放しにして上半身裸で寝たというような話だった。黙って聞いていた息子、その日もいつもとおなじように「おやすみ」と明かりを消してわたしは彼の部屋を出た。

しばらくすると、息子の部屋から灯りがもれている。ん?眠れないのかな?と思い、ドアを開けて見ると、あらら、息子!上半身裸でベッドに座り、なんと、部屋の窓を開けっ放しにしているではないか!説得してやっと息子が寝静まった後で、夫とわたしは腹を抱えてひとしきり笑った、遠い昔の我が家のアムンゼン事件であった。

宇宙考古学云々とわたしが言い出すと、今では長じた息子から、からかわれてしまうのだが、碌な知識もないのに、真夜中に起き出してわたしがミニ天体望遠鏡で月面を見たり、木星の衛星を見たりしてきたことは子供たちも知っている。

息子が子供のころは、ちょびっとであるけれど、おっかさんは自分のできない宇宙への夢を息子に重ねてみたことがあるのだ。

宇宙飛行士は虫歯があってはならない、とどこかで読んだ。それで、虫歯をつくらないためにチョコレートやジュースは子供のころはクリスマスの時期を除いては口にさせなかった。これはモイケル娘も同様であった。我が家の二人がジュースやコーラを口にするようになったのは、恐らく高校生になってからではないかと思う。それまでは、幼い時からの習慣で他所で出されても飲まなかったのである。

わたしが見る宇宙関係の映画は小さいころから息子を一緒に連れていったし、銀河系宇宙やスペースシャトル、パイオニア10号、そして、そのパラボラアンテナの裏にとりつけられたカール・セーガン博士の「宇宙人への手紙」なども一緒に遊びながら勉強したものだ。

息子は小学時代にブリティッシュ・スクールのプロジェクトで「Spaceship」に取り組み、見事学校長賞を射たことがある。かほどまでに、我ら母子の宇宙熱は盛んだったのだが・・・・

ある日見た宇宙関係の映画で、息子の宇宙熱は即、冷却・・・・(笑)8歳の息子の夢は、映像から伝わった恐怖で、あっけなくボツ、宇宙飛行士の夢はしぼんでしまった。何事もほどほどに・・であるわぃ^^; 以後、アメリカへ行って宇宙飛行士云々は一言も言わなくなった息子だ。

息子はその後どれだけの夢を見ては捨ててきただろうか。彼が望む人生は、世間一般で言う、ネクタイを締め月曜日から金曜日まで勤務し、その給料で暮らし、時にはおしゃれしたり旅行したり、趣味にお金をつぎ込んだりの生活ではないらしい。

「平凡な生活が退屈なようだけれど、それを持続させるのは本当はなかなか大変なのだよ。」と、わたしは思っているのだが、彼には彼の夢があろうと、時々口を挟みたくなることを抑えて、今は黙って見てることにしている。

さて、次回はもう一人の息子についてである。

「あの頃、ビアハウス」は、こちらで。エピソードを始めから読むには日付を遡っていただかなければなりません。

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コメント
私も大好きなアサヒv-275で歌姫🎶
大阪では行くチャンスがなかったですね....我が街にもかって工場がありましたよ‥ご近所が立ち飲みできるような!
specesisさんの半生をドラマにしないというてはない!百花繚乱の人生‥もうすでに取材中?!
我が人生が更に色褪せたものに思え‥ポルトガルに飛んでご多用指南いただく必要がありそうですv-233
2017/01/18(Wed) 17:47 | URL | 大島みちこ | 【編集
大島さん
あははは、大島さん、どの人の人生にもドラマがあると思いますよ。きっと大島さんも。

大阪梅田にあったアサヒビアハウスは我が青春の故郷と言えます。年配者の常連さんがたくさんいて、その多くが既に鬼籍に入りましたが、今でも連絡を取り合っている人もいます。

故に、わたしはアサヒビールのファンなり!
2017/01/18(Wed) 19:02 | URL | spacesis | 【編集
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