2017年6月16日 

自分でも、あれ?未だ紹介していなかったっけ?と今回は驚きのニコラウ・ナゾニが造ったと言われるラマルダ館(Casa de Ramalde)を取り上げます。

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館の背後に見られる塔や正面シンメトリの階段はナゾニの特徴です。

ニコラウ・ナゾニ(Nicolau Nasoni)は、このところ遠ざかっていたわたしですが、これほどの偉業を成し遂げがら最後は貧困のまま一生を閉じたと言われ、その生涯を詳しく知ってみたいと、一時期、ナゾニの建築物を追いかけていたのでした。

当時はポルトガル語に暗かったのに加えナゾニに関する本もなく、今ほどにポルトガルのネット情報はなかったもので、ナゾニの生涯を調べるのには四苦八苦したものです。 彼の墓を突き止めたくて、クレリゴス教会を訪問したのですが、その時管理人から、ナゾニの墓はなく、遺骨はクレリゴス教会の床下に他の遺骨とともに埋められているというのを知らされたのを最後に、自分の日本語の仕事も忙しくなり街を散策する時間がなくなって、そのまま今日まで来てしまいました。ナゾニよ、ご勘弁くだされ。

さて、ポルトガル語ではニコラウ・ナゾニですが、イタリア語ではニコロ・ナゾニ。18世紀のイタリア、トスカーナ出身の画家兼建築家でポルトガルに移住し、ポルトを中心に北部で多くのバロック・ロココ建築物を残した人です。

彼の生涯についてはおいおい書きますが、今日はその作品のひとつ、内部は残念ながら入ることができませんが、外観を紹介します。

ボアヴィスタのラマルダ区域にあり、それでCasa de Ramaldeと呼ばれますが、本来は貴族の館でした。
ファサーダがある表玄関
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かつての所有者貴族の家紋が見えます。

ファサーダをくぐって敷地内に入ってみました。庭からの写真です。
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館につながった横の部分↑。下は館内にあるチャペル。

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別称「Casa Queimada(焼かれた家)」とも呼ばれるように、1809年にナポレオン軍がポルトに侵入した時に、焼き討ちにあったことがあります。ナポレオン軍侵入ついては下記にて紹介していますので、興味のある方はどうぞ。

ボアヴィスタのライオンと鷲

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