2017年8月9日 

これまで訪れていながら、画像では案内していなかったロカ岬ですが、今日は娘夫婦と訪れて3度目になる昨年の画像で紹介します。   

六大陸の中でも、アジアとヨーロッパを合わせたユーラシア大陸は最大で、語源はEuroとAsia(EuroAsia)から来ています。ポルトガルのロカ岬はそのユーラシア大陸の最西端にあります。

ロケーションは北緯38度47分、西経9度30分、リスボン、シントラ、ナザレ、オビドスがある「エストゥラマドゥーラ・リバテージュ地方」です。

ロカ岬

Caboは岬、Rocaは断崖を意味し、航海が盛んだった15~19世紀にはイギリス人にThe Rock of Lisbonとして知られていました。

ロカ岬

岬は140メートルの断崖になっており、海を臨んで頂上に十字架を掲げた石造りの碑がぽつねんと突っ立っているばかり。

ロカ岬

石碑には、「Aqui onde a terra se acaba e o mar começa(Camões)」ここに陸尽き、海はじまると、「」Ponta mais ocidental do Continente europeu(ヨーロッパ大陸の最西端)の文字がポルトガル語で刻まれています。

ロカ岬

さよう。ここは、まさにユーラシア大陸の地の果てであります。
前方にはただただ茫洋と大西洋がひろがり、打ち寄せる波の音と吹き付ける風の音のみが、最西端の名誉を孤高として守っているかのように思われます。

DSC_0799-1.jpg

40分ばかりいた間にも写真から分かるように、岬は霧に被われ太陽が白く化したかと思うと突然青空が現れ、天気の変化が目まぐるしい魔の岬とも呼べるような気がします。


ロカ岬の案内書では少々の手数料を払うと日付、名前入りで「ユーラシア大陸最西端到達証明書」を発行してもらえます。
ロカ岬証明書

証明書は見事なゴチック体のポルトガル語で書かれ、青と黄色のリボンの上にシントラ市のcarimbo(カリンボ)と呼ばれる蝋(ロウ)印が押してあります。裏面にはフランス語、英語、ドイツ語、イタリア語などの訳が印刷されています。現在では日本語も入っているようです。


石碑に刻まれているここに陸尽き、海はじまるとは、ポルトガルの16世紀の国民詩人、ルイス・ドゥ・カモインス(Luis de Camões)の書いた大叙事詩「Os Luíadas」の一節なのです。「Os Lusíadas」(ウズ・ルズィアダス)とは「ルズィターニアの人々」、つまりポルトガル人の古い呼称です。

「Os Luíadas」は9000行からなる大叙事詩で、ポルトガルを、バスコ・ダ・ガマの偉業を讃え、大航海時代の歴史を謳いあげたものです。叙事詩集は10章に分かれており、先の「ここに陸尽き、海はじまる」は第3章20で謳われています。ちょうど我が家に素敵な装丁の「Os Lusíadas」があったのでその箇所の写真を載せて見ます。

Os Luíadasの本

Lusiados
美しい装丁が施された限定版の本です。 

Lusiados
各章ごとの歴史にちなんだイラストが内装もカラフル。  

Lusiados
第3章20の扉

Lusiados
20(XX) 上から3行目。

Lusiados
「Onde a terra se acaba e o mar começa 」 「ここに陸尽き、海はじまる」とある。
 
「Os Lusíadas」 は膨大な叙事詩で、ポルトガルの学校では全編ではありませんが、必ず読むことになっています。わたしは今のところ、本を開いては美しい装飾に目を奪われるのみで、残念ながらまだ読んでいません。


さて、カモインスについて。

15世紀の冒険家Luis de Camoes(ルイス・デ・カモインス)カモインスの生涯は謎に包まれています。いつどこで生誕したかも不明です。そして、芸術家の多くがそうであるように、カモインスもまた、生存中はあまり名の知られた存在ではなかったようです。

当時の知識人と比較しても該博な知識を持っていたらしく、コインブラ大学で聴講したという話はありますが、その知識をいつどこで身につけたのか明らかではありません。

またカモインスは無類の冒険家であり、恋多き人でもありました。リスボンでは傷害事件で投獄の憂き目にあったり、アフリカ、東洋を廻り難破にあったりもしています。

カモインスは片目なのですが、15世紀初期、北アフリカのセウタでムーア人と戦った際に右目を失ったと言われています。

カモインス
Wiki より

「セウタの戦」とは、15世紀のドン・ジュアン一世の時代でポルトガルの大航海時代の扉を開くことになる戦いです。王の3人息子、ドアルト王子、ペドロ王子、そして後、トマールのテンプル騎士団修道がキリスト騎士団修道院に改名した時にその騎士団のマスターとなり、航海王子の異名をとることになる三男のエンリケ王子も参戦しました。この様子は、ポルト、サン・ベント駅構内のアズレージュ絵に見られます。

ceuta


もうひとつ、付け加えるならば、ポルトの有名な伝統料理「Tripas(トゥリーパス)」はこの「セウタの戦」に由来します。 (これについては下記の案内からどうぞ) 
            
恋と冒険とそして貧困のうちに、ポルトガル文学の偉大な遺産「Os Lusiadas」を残し、1580年6月10日、カモインスはその生涯を閉じます。毎年6月10日は、カモインスの命日を記して「ポルトガルの日」とし、この日は祭日。

最西端のロカ岬は、訪れる観光客の浪漫的な予想からは遠く、波打ち寄せ風吹きつけ、大航海時代の栄華のかけらも見えず、ただ荒涼としているだけです。それでも、石碑に刻まれたカモインスの一節に、いにしえのポルトガル人の果てしない未知への冒険心をかいまみることができるでしょうか。

ポルト人:その名はトリペイロ

本日も読んでいただき、ありがとうございます。
ランキングクリックで応援していただけますか?
にほんブログ村 海外生活ブログ ポルトガル情報へ blogram投票ボタン
コメント
コメントを投稿
URL:
Comment:
Pass:
秘密: 管理者にだけ表示を許可
 
トラックバック
この記事へのトラックバック
Click for Porto, Portugal Forecast 
ポルトガル ポルトの口コミ
ポルトガル ポルトの口コミ にほんブログ村 外国語ブログ マルチリンガルへ
にほんブログ村