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2017年10月11日 

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Wikiより

ユダヤ教の解釈では楽園に描かれる禁断の果実はりんごではなくいちじくだと言う。ミケランジェロはシスティナ天井画のいたる箇所に痛烈な教皇、バチカン批判を暗号として描き残したわけだが、ここでは紹介しきれないので、解説に興味のある方は本、「ミケランジェロの暗号・早川書房」を読むことをお勧めする。

その才能を見込まれ、ミケランジェロは10代の頃からカトリック一色の中世にあって、カトリックの説く教義と異なった自由思想を育む環境である、当時ヨーロッパ随一の大富豪フィレンツェのメディチ家に迎えられ過ごした。

メディチ家は芸術家たちの生活を援助し後ろ盾となって古代神秘主義、ギリシャ哲学、ユダヤ教の思想を自由に学べる場所として広大な館を彼らの塾の如く提供していたのである。

システィナ礼拝堂はユダヤ教の神殿を再現して建てられたと言われる。反ユダヤ主義をとりながらユダヤ教の神殿に似せカトリック教皇自身の権力を誇示しようとする天井画計画を言いつけどおりには、到底承服できなかったミケランジェロだ。彼の一徹な性格は教会の腐敗、欺瞞に我慢がならなかったようだ。

この反骨の芸術家は自分しか考え付かない天井画の構想を練り続けた。バチカン宮殿で日常的に目にする数々の偽善や権力の乱用にたいして、日頃から感じていた激しい思いを、投獄されたり処刑されたりせずに伝えることができる方法を、である。

システィーナ天井画がカトリック教義を表す作品であるのに、天井に描かれた300人を超す人物の中には、実は一人もキリスト教徒がおらずキリスト教的な含みはことごとく欠けているのだ。中世時代であるので高さ約20メートルの天井画であれば、ミケランジェロの絵画の意図は容易には見破られなかったのであろうと、
実際にシスティナ礼拝堂に入るまでそう思っていたのだが、暗号を含むと言われる絵画がはっきり見えたのは思いのほかであった。

現在わたしたちが目にするのは色彩鮮やかな修繕されたものだが、出来上がった当時はきっと同じだったはずだ。天井画を目にした教皇が絵画に秘められた数々の暗号に気づかなかったのがまたミステリーなのである。ユリウス2世教皇は目が悪かったのだろうか。この教皇は天井画完成後4ヶ月もしないうちに息をひきとったのである。

教皇とぶつかりながら、頑固な面構えで時には教皇たちの虚栄心をくすぐらなければならなかったにしろ、ミケランジェロは見事なまでにバチカンにしてやったのだ。

続きます。
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