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2018年1月4日

おふくろは日本語を教える
息子は日本で英語を教える
娘は派遣で共稼ぎ
これはまったく当たりまえ おふくろは思う

でもおやじ おやじは何をする?
おやじは退職したがまだ仕事をする

おふくろは日本語
息子は英語
娘は派遣
おやじは仕事
こいつはまったく当たりまえ おやじは思う
こいつはまったく当たりまえ おふくろも思う

それなら息子と娘はどんな考えだろう?
まったくなんにも考えていないことはないのさ

おふくろは日本語を教える おやじはまだ仕事をする 
息子は日本で英語を教える 
娘は派遣で共稼ぎ
息子と娘はそれぞれ連れあいと一緒にやっていくだろう

生活は続く おふくろはつづく 日本語を教える
おやじはつづく 仕事をする
息子と娘の人生もつづく


好きなフランスの詩人ジャック・プレヴェールの詩「家族の唄」をもじって我が家族に当てはめてみたのはこれで二度目だ。

わたしは時折、こんな風に「こいつはまったく当たりまえ」と思っている「おふくろ」をしている自分を見る。

若いときは、この「当たりまえ」ができず、目一杯抵抗したこともあり、頭をぶつけたり叩かれたりしたのも1度や2度ではない。「こいつはまったく当たりまえ」等と、あらまし物事を考えるようになったのは近年である。美空ひばりさんが歌った「川の流れのように」ではないが、多少のでこぼこ道や曲がりくねった道がわたしも振り返れば遠くかすかに見えたりする。

この頃、わたしは思うのである。
「一生懸命何かをしているわたし(*^_^*)」と自分自身が思っている間は、どうしても見せかけが入って本当の一生懸命ではないのだと。「本当に頑張っている人は、自分が頑張っていることに気づかない」という言葉をどこかで目にしたことことがある。

「大変なんですよぉ」と言う言葉にも、どこかにその人の見せかけを匂わしている気がする。

夫も息子も娘も、「大変に頑張っております」という素振りを見せないし口に出さないタイプである。わたしはと言えば、体力があるときは調子いいが、元が少し「あかんたれ」のところがあるので、しんどくなってくると、てき面に本性が出て夫やネコに八つ当たりである。人間ができてないのだ。

これも気持ちの底に、「自分は頑張ってるのに、あんたらは~」の見せかけがあるからだと反省する。「見せかけない自分」で行くのは自然体であるはずなのに、なぜだか努力が要るのは不思議だ。

などとこうしてブログを書くこと自体が、ああああ、すでに自分を「見せかけている」ことになるではないか!自爆。

さてと、家族の唄に出てくる息子ですが、「オレ、ネクタイしめるのは嫌だね」などと贅沢なことをのたもうて、ホワイトカラーの職場を避けてきたのだが、今は日本の大学で英語講師の仕事に就いている。
息子、曰く「仕事着が背広だってよぉ~」 息子よ、お前も自爆だ(笑)。

初めて息子の背広姿を目にした時は、着こなしが全く板についとらん、借りてきた衣装みたいで、なんだか可笑しくて、笑いをかみ殺すのに必死だったおふくろではありました。

息子も娘も、今では日本の社会人が板についたであろうか。
映画「ターミネーター」のシュワルツネッガーが演じたサイボーグのセリフ同様、息子も 「I’ll be back (帰って来るよ)」と言ってポルトを発って行ったが、人生は分からない。
仮に帰らずとも、

生活は続く おふくろはつづく 日本語を教える
おやじはつづく まだ仕事をする
息子と娘の人生もつづく


と、家族の唄ではあります。

ではまた。


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