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2018年3月5日

卒業式の季節です。
ポルトガルになくて日本にあるものの中で、わたしがいいなと思われるのにその卒業式がある。

入学式、始業式、終業式、卒業式、そして入社式まで、わたしたち日本人はこうして儀式をすることにより、始まりと終わりのけじめをつけて新たな道を歩み始める。今日は昨日の続きなのだけれど、襟を正して旧世界に別れを告げ新世界に歩み入ると言えるだろう。気持ちの上で、であるが。

そこで、今日はポルトガルの大学卒業証書をチラと紹介しようと思う。
2007年にリスボン大学を卒業した息子の証書ですが、金属製の筒に入っており、筒の表面にはリスボン大学の紋章が刻まれている。

diploma

この卒業証書だが、卒業式なる儀式がないポルトガル、即座にはもらえない。息子の場合、証書を手にしたのはなんと、卒業して2年半も経ってからでしたぞ。

しかも「証書、どないなってまんの?」とこちらが電話で問い合わせてからです。いやもう、さすが、何事もゆったりのポルトガルであると思ったのだが、当時、証書のことをすっかり忘れていたわたしたちもかなりポルトガル化したものだと、変な感心をしていたものだが、実は息子の手落ちだったらしい。

卒業証書の発行には半年くらいかかり、生徒が受け取りに行くのが通常なようで、息子はどうやら受け取りに行くのを忘れていたらしく、受け取り主を待って放ったらかしになっていたのだという。なんちゅうことを^^;

この大卒証明書発行には当時は100ユーロほど払わなければならわなかった。

証書が我が家にとどいた2009年、本人は既に日本にいたので、替わりにわたしたちが開けて見た↓

diploma

証書は全てラテン語で書かれており、当人の名前はもちろんのこと、その次に「誰々の息子」と、わたしたち両親の名前も記されていた!

うわ!これは嬉しい^^ この証明書は6年間も息子の経済的サポートをしてきた親の証明書でもあるがな^^と喜んだわたしである。

diploma
  
証書に付随しているリボンの水色は理学部を表し、銀の印章は終了したコースのロゴだろうか。

わたしは日本の大学卒業証明書を見たことがないので違いが分からないが、似たようなものだろうか?と書いて、モイケル娘の卒業証書をまだ見せてもらっていないことに今気がついた、なんとものんびりな親ではあった。

さて、世は「資格」の時代で、大学、専門学校などのように数年かけなければならないのから、短期間学んで意外と簡単に手に入れられるものまで多々ある。

山ほどの種類で、どれにも共通する事のひとつが、資格コースのための学資である(笑)子をサポートできる経済力のある親を持っているなら、子は幸運です。

資格云々に限らず、お稽古事、趣味もそれ相応に資金はいるものだ。わたしは若い頃、親元を離れて大阪でアパート暮らしをしていたのだが、親元から通うのと違い、若い女一人が働いて生活するのは経済的に厳しいものだった。田舎の両親は自分たちの生活でカツカツなのを知っていたので、「今月は足らんから、ちょっと金送れ」とは、口が裂けても言えるわけはなかった。

若い美空なのに、化粧品も衣服もあまり買えなかったのだが、えさ代がかかる猫だけは野良を拾い上げてしっかり飼っていた。そして、東京で我がモイケル娘のして来たことは、遠い昔の自分と似たようなことだと気が付き、当時は少し同情すると同時に一人苦笑していたものだ。

当時、わたしが帰国時に耳にしたことは、「化粧品代に金かかるから、今はスッピンで出勤だぁ~」(爆)以来、スッピン状態は結婚した今日にも至っている。

一度などは、わたしがポルトガルに帰りしな、一緒に成田空港まで見送ってくれたのだが、出掛けに靴に足を入れたら、足の甲に被さる所が裂けてしまった。

「あらら、モイケルよ。これは会社に履いていけんぞな。ひとつ買わんと」と言って来たのだが、その後メッセで話した折に、靴はもう買ったかと聞いたら、「後一ヶ月したらボーナスが入るから、その時に買う」と、のたもうたものだ。

おいおい、モイちゃん、まさかあのまま履いてるとは^^;足元、自分では気づかないだろうが目立つのだぞ、と内心思ったが口には出さなかった。

あれもしてみたい、これもしてみたいと夢見たものの、わたし自身、大学どころか稽古事のひとつも、経済的な理由でできなかった。英語学校も一時通ってみはしたがお金が続かず、結局途中で止めて後はひたすらコツコツ独学の日々だ。

食費だけを入れ、残りの給料は自分の好きなようにできるという自宅通いの同僚を見ては、羨んだことががなかったと言えば嘘になるが、あの頃わたしには「一人自由」があったと思っている。つまり、誰からも干渉されず、時間的に自由に行動ができたのである。自由が孤独と表裏一体であることもそのとき知った。

話が横道にそれたが、そのようなモイケル娘の状況から、本人が自費で稽古事などの余裕がないのは分かっていたので、そこでおっかさん、助っ人したいと申し出たのだが、今の彼女は独りで「お絵かきの練習」「ピアノの練習」をしていたものだ。

独学ってところも、なんだかおっかさんのわたしと似てるなぁ。そう言えば、息子の音楽作曲も独学だ。

資格取得は大事な部分だが、本当に大切なのは、経験、素質、実力、そして、その道に対する大きな向学心ではないかな?と資格証書の類をほとんど持たないわたしは思ったりする。もちろん、物事によりけりだが。

希望は向学心の源泉である(by spacesis)
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コメント
好きこそ物の上手なれ。
これこそが起点かなと。確かに色々取得したり、後学のためにと取得習得もありましょうがね。取らなくちゃならなくなったなんてのは、案外身につかず・・。
また、
好きだからと言っても違う事もあり、
私はよく、そんなにスキーが好きなら級資格取ったら?と有資格者に誘われ言われますが、
やれ胸の魅せ方が~膝はこういう魅せ方が~評価者にはウケが良いなんていう世界が気持ち悪かったりします(ΦωΦ)
(有資格者のかたごめんなさい)
遊びな範疇なら自分の楽しさ追及でイイじゃないかなと(^^♪
それを伝えたり、信用、証明する先に資格等は必要なんでしょうけどね(^^ゞ

動かすのはやはり向学心。これなくしては資格を活かした事も指導も出来ないでしょうね。

前後しますが、
「ポルトガル化」には妙に納得。
日本も早くポルトガル化すればいいのに!(笑)

2018/03/07(Wed) 00:28 | URL | マー | 【編集
マーさん
大卒資格がないと、と言われるとカチンと来たりして、卒でなくたって経験と素質(自分で言うか!w)、情熱があるわぃ!と突っかかる自分がいるんです^^;

資格がないと社会で通用しないことはたくさんあるもので、大事なところなんですがね。先立つものがなかいのはどうしようもできなく残念でしたね。

わたしも思います。日本も少しくらいポルトガル化してもいいかもよ、世の中、住みやすくなるんじゃないかなぁ、って思うんだけどダメかなv-290
2018/03/08(Thu) 00:28 | URL | spacesis | 【編集
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