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2018年6月8日 

おふくろは日本語を教える
息子は日本で英語を教える
娘は結婚して日本で働く
これはまったく当たりまえ おふくろは思う

でもおやじ おやじは何をする?

おやじはまだ仕事をする
おふくろも70過ぎて日本語
息子は日本
娘は結婚
おやじは仕事
こいつはまったく当たりまえ おやじは思う
こいつはまったく当たりまえ おふくろも思う

それなら息子 娘 
息子と娘はどんな考えだろう?
まったくなんにも考えていないことはないのさ

おふくろは日本語を教える おやじは仕事をする 
息子は日本で教える 娘は結婚して働く
息子とパートナーはしばらく一緒にやるだろう
生活は続く おふくろはつづく 日本語を教える
おやじはつづく 仕事をする
息子と娘の人生も日本でつづく


好きなフランスの詩人ジャック・プレヴェールの詩「家族の唄」をもじって我が家族に当てはめてみた。わたしは時折、こんな風に「こいつはまったく当たりまえ」と思っている「おふくろ」をしている自分の姿が見えたりする。

若いときは、この「当たりまえ」ができず、目一杯抵抗したこともあり、頭をぶつけたり叩かれたりしたのも1度や2度ではない。「こいつはまったく当たりまえ」等と、あらまし物事を考えるようになったのは60を過ぎてからである。美空ひばりさんが歌った「川の流れのように」ではないが、多少のでこぼこ道や曲がりくねった道がわたしも振り返れば遠くかすかに見える。

この頃、わたしは思うのである。
「一生懸命何かをしているわたし^^」と自分自身が思っている間は、どうしても見せかけが入って本当の一生懸命ではないのだ。「本当に頑張っている人は、自分が頑張っていることに気づかない」という言葉をどこかで読んだことがある。 「大変なんですよぉ」と言う言葉には、どこかにその人の見せかけを匂わしている気がする。

夫も息子も娘も、「大変に頑張っております^^」という素振りを見せないし口に出さないタイプである。わたしはと言えば、体力があるときは調子いいが、元が体力的に「あかんたれ」のところがあるので、しんどくなってくるとてき面、夫やネコに八つ当たりである^^;

これも気持ちの底に、「自分は頑張ってるのに、あんたらは~」の見せかけがあるからだと反省している。「見せかけない自分」は自然体であるはずなのに、なぜだか努力が要るのは不思議だ。

などとこうしてブログを書くこと自体が、ああああ、すでに自分を「見せかけている」ことになるではないか!自爆だ・・・

さてと、家族の唄に出てくる息子ですが、「オレ、ネクタイしめるのは嫌だね」などと贅沢なことをのたもうて、ホワイトカラーの職場を避けてきたのだが、日本で英語講師の仕事につくことになった時の事。 スカイプで面接を受けゲットした最初の職場、あとで講師の服装を知り、「仕事着がネクタイ背広だってよぉ~」。息子よ、お前も自爆だった(爆)

それが今年で9年になり、のんびり週に3日ほどしてきた講師の仕事を、これまでと違い都内の大学数校かけもちし、月曜日から金曜日まで一応サラリーマンの如しである。息子曰く、「ちょっと仕事、とり過ぎたかも」と。

家族の唄に登場するモイケル娘はというと、1年半前に結婚したが、結婚記念撮影をして置きたいとのことで、この春、わたしの帰国中にやっとモイケル娘の花嫁姿を目にすることができた。

nariana_ryo1-3.jpg

息子も娘も今ではすっかり日本の社会人だ。ターミネーターのシュワルツネッガーサイボーグ同様、「I’ll be back(日本から)」と言う息子ではあるが、人生は分からない。仮に帰らずとも、まだ数年は恐らく、

生活は続く おふくろはつづく 日本語を教える
おやじはつづく 仕事をする
息子と娘の人生も日本でつづく

と、本日は子どもたちの近況お知らせがてらの家族の唄ではあります。

では、みなさま、また。
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