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2018年7月29日 

若い人には興味がない話だと思いますが、70代以上にはドキッとする題材であります。夫婦二人が元気なうち、また、子どもの家族と同居している場合はいい。連れが先に旅立ったとしても、日々の生活が経済的、身体的に自力でできる間はいいのです。

しかし、人によりけりですが、80も半ばを過ぎると、一人暮らしにも色々問題が出てくるのが普通です。わたしは去年七十路の門をくぐりましたが、いずれぶつかる現実です。

そこで、今日は身近にいる、と言っても日本にですが、そういう現実問題を一人で解決するのを試みているとても気になる人がいて、わたしも色々考えさせられることがあったので取り上げてみます。この春の帰国時に、こんなことを書いています。

2018年5月2日

息子の所娘の所を訪ねたり友人たちに会ったりしているうちに日本滞在も3週目半ばに入りました。

実は何の拍子でか右腰を痛めたようで、立ち座りをするたびに「イテテテ」と情けない声をあげ鎮痛剤に頼っているここ数日であります^^;

おまけに、娘宅では椅子の脚に足指をぶつけてしまい、素足でいたもので痛いのなんのってて!ただいま足指の一本が青タンになっており、踏んだり蹴ったりではござんせんか。

そんな訳で今回はもっと都内を歩いてみたいと思っていた望みは諦め、ただいまひたすら、週末日曜日の車の長旅、故郷弘前出発に備え、しばし大人しくしている現状であります。

が、この後の予定である弘前行き、娘夫婦の記念写真撮影、婿殿のご両親たちとの会食等を考えると、どうしても今週中に顔を出さずばなるまいという思いに至った横浜のおじを昨日は訪ねてきました。

15年ほど前に亡くなった叔母の連れ合いのおじとは血のつながりはないものの、我が思い出のエッセイ「夜汽車に乗って」で書いてあるように当時東京から大阪に転勤していたおじ叔母と中学3年生のほぼ1年間を同居したいきさつがあり、帰国時には必ず顔を出すようにしているのであります。

「おー、Yukoか!」と電話で、江戸っ子の、今年85歳になったおじの元気な声。 いついつ行きますと伝えると、「それじゃ、大きな段ボール箱を持って来い」と言うおじの話はポルトへ帰って後のことにいたします。


と、ここで終わったままになっていました。
「大きな段ボールを持って来い」の言葉の意味は、「できれば年内に家を売り払って、有料老人ホームに入るつもりだ。それで、家の中で欲しいものがあればドンドン持って行ってくれ」なのでした。

ちょ、ちょっと待ってよ、おじさん、とは思ったものの、実はおじ、昨年、朝起き掛けに軽い脳卒中を起こしたと言う。午前中は横になって、午後歩いて3分ほどのところにある病院へ一人で行ったらしい。

おばを亡くした70歳代のおじは至って元気で、よくプールで水中ウォーキングをしたり、昔の会社仲間たちと旅行をしたりして、夕食は行き慣れた近くの小店に食べに行くのだと言っていた。が、さすが、80に入ると、仲間たちもみな歳をとり一人二人と亡くなる人も出てきて数年前の九州旅行を最後に、その楽しみもお終いになったようです。

D君たち(車で小1時間のところに住む一人息子とその家族)と一緒に住めないの?と聞いてみると、「いやいや、共稼ぎだろ?それに下の子はまだ小学生だ。同居するわけにはいかないよ」と言う。

ボクもあと5、6年だよ、と、それで、おじは自分の嗜好や外出などがある程度許されるホームを探して、わたしたちが訪れた春には既に目星をつけていた。てっきり関東だと思ったら、何と福岡。えーー!!!わたしも妹もびっくりした次第であった。

しかし、考えてみればおじはM石油会社勤務時代、2度目の福岡転勤では息子の教育問題もあり、単身赴任しているので、おじにとり福岡は大阪に継ぐ、いや、もしかしたら大阪以上に思い出深い第二の故郷であるかも知れない。

ホームの情報については、例えば外出はままならない、アルコール類はいっさいダメ、身の回りのことが一人でできなくなった場合は退室しなければならない、などのところが多い事を、既に福岡のホームで暮らしている知人から得ていたらしい。

近くに住んでいたら、ちょこちょこ時間を見て訪れることができるのに、ポルトガルからじゃせいぜい年に一度、妹の住む所沢からは片道2時間はかかるので、彼女もそうそうはできない。なんだかとても寂しい気持ちで今回はポルトに帰って来たのですが、以来、毎週日曜日はおじに今週はどうだった?体調はどう?と国際電話をかけています。

今月の始め頃、一人で福岡のホームを見学し、おじの希望にかなった病院つきのホームだったので、8月末には契約しに再訪、この秋には入室することにしたようです。

息子の子ども時代から帰国時にはいつも訪れていた横浜のおじの家も売却が決まり、家具も欲しいのは持っていきな、と言われているのだが、我が東京息子はミニマリストで極力家具を持たない主義、モイケル娘はアパートが狭いので持てない。所沢の妹ももう家の中に他の家具が入り込む余地なし。結局、処分することになるのだろうが、わたしが日本にいたら、おばの茶箪笥は形見としてもらっていたかも知れない。

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亡くなった叔母の自宅縁側で我が息子と。

来年の帰国には横浜のおじ宅はもう無くなっているのであるが、ポジティブ志向で、そんならよし!行くところがひとつ増えたと考え、はるばる福岡のホームへおじを訪ねて行こうか!と、思い直しているのであります。

それにしても、今回おじの行動をみて思ったのは、子を頼らず自立していることです。一人で大丈夫かと気をもむわたしをよそに、86歳にして7月上旬にはさっさと一人で福岡へホーム見学に行き、ほぼ、決めてきたこと。家の売却も一人で手配済み。
8月末の契約でもう一度福岡に行くのには、台風の影響の有無を考え、今回行った飛行機ではなしに新幹線で行くこと。 飛行機も新幹線も、1時間前のチェックイン、成田までの交通時間を考えると、新横浜から新幹線にのるのも時間はあまり変わらないと計算している。

ホームのある場所は、福岡時代によく行った元ゴルフ場があったところで、スパあり、ジムあるり。訪問客が宿泊できる施設もあるよ。温泉、一緒に入ろうか。わっはっはっは!と冗談をとばしているおじであります。

一人住まいだと話し相手もいないし食事だって一人、なにかあったときの不安もありますが、新しいホームの環境を楽しんでもらいたいなと心底思っています。

ポルトに住むわたしの場合はおじとは違った問題がでてくるでしょうが、「自分のことが自分で決められるうちに決める」 おじを見てそう思ったのでした。

おじとのエピソード、「夜汽車に乗って」はこちら↓ 
わが青春の急行日本海(1)」
わが青春の急行日本海(2)」

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