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2019年5月29日 

車ででもないと訪れにくいのが、たまにきずと言える、今日はポルトの歴史に関係したオベリスクの話です。

オベリスクは古代エジプトの神殿などに建てられた記念碑で、側面には王の名や神への讃辞がヒエログリフで刻まれ、太陽神と共に王の権威を示す象徴とされたものです。

戦利品として略奪された古代エジプトのオベリスクは世界に30本ほど現存するとのこと、よく知られたものがフランスのコンコルド広場、バチカンにあるものですが、ポルト近郊のMatosinhos(マトズィーニュス)のメモリア海岸(Praia da Memória)にあるのは、ポルトガルの旧時代から新時代交代の象徴と言えるべき記念碑です。スペインからのポルトガル再独立独立200年を記念して1840年から24年かけて造られました。

matosinhos-obelisc6-1[1]

案内板には、
「Onde o Portugal velho acaba e o nove começa」
「ここにポルトガルの旧時代が終わり、新時代が始まる」とあります。
      
どこぞで聞いたフレーズだと思ったら、ユーラシア大陸最西端「ロカ岬」の記念碑にも彫られている16世紀の大詩人カモインスは「ウズ・ルズィーアダス」の詩の一節、「Onde a terra se acaba e o mar começa」(ここに陸尽き、海はじまる)をもじったものですね。

さて、ポルトガルが大航海時代の栄華を経て、絶対王政が疲弊し始め、政治の中心が議会に移る頃の話です。

1807年から1814年の間に、ポルトガルは三度にわたりナポレオン軍の侵略を受けたのですが、最初の侵略時に、当時の王室、マリア一世と後継者ドン・ジュアンは15隻もの海洋船に貴族や軍隊、大商人らおよそ1万人のポルトガル人を引き連れてブラジルへと逃れました(トホホ^^;)
ポルトガル王室が再び本国ポルトガルの地を踏むのは、なんとそれから約20年後の1821年です。

イギリスの援軍とその駐留によりナポレオン軍の侵略を防ぐことはできたものの、換わりにポルトガルはイギリスに対し、政治的経済的に弱い立場に置かれます。今の中国がアフリカ諸国やその他、経済的に弱い小国に、インフラ支援と称して高利でお金を貸しまくり、最後には自分たちの思い通りに囲い込んでしまうというやり方は古今変わりないということを知らされますね。
  
1821年、ブラジルで王位に就いたマリア一世の息子ドン・ジュアン6世は、ドン・ペドロ王子にブラジルを任せリスボンへ帰国するものの、本国ポルトガルの政治状況はかつてとは大きく異なっていました。

フランス革命やイギリスからのフリーメーソンの自由主義が人々の間に広がりつつあり、1822年にはポルトガル憲法が制定され、絶対王政に終止符が打たれます。(いやぁ、自由主義思想のフリーメーソンの活躍はアメリカ独立、フランス革命のみならず、このポルトガルでもなされていたのですね。一説には明治維新に活躍した坂本竜馬もフリーメーソンに関わっていたとも言われます。)

また、同年にブラジルに残ったドン・ペドロ王子がポルトガルからの独立を宣言し、ドン・ペドロ一世としてブラジル皇帝に即位します。やがてポルトガルの父王ドン・ジュアン6世の没後、ドン・ペドロ一世はドン・ペドロ四世としてポルトガル国王の王位にも就きます。ドン・ペドロ1世(ポルトガルではドン・ペドロ4生)自由主義者であります。

しかし、海を隔てたポルトガル王国の統治は困難な壁にぶつかります。この時、ドン・ペドロ1世(ポルトガルではドン・ペドロ4世)は打開策として、まだ幼かった娘マリア・グローリア(後のドナ・マリア2世)を王位継承者とし、亡命していた実弟のドン・ミゲルを呼び戻し摂政にすえるのですが、ドン・ミゲルは絶対王政主義者ですから、自由主義者を弾圧し始めます。

ここから旧勢力をバックにするドン・ミゲルと新勢力のドン・ペドロ4世との間で内戦が始まるのですが、このとき、ドン・ペドロ4世はブラジル皇帝の座を降り、ヨーロッパでの傭兵を雇い、ポルトガルに上陸します。

1832年7月8日、ドン・ペドロ4世が7500の傭兵を率いて上陸したのが、このPraia da Memoriaです。

matosinhos-obelisc9-1[1]
 
2年間続いた内戦は、ドン・ミゲルの降伏で終止符を打つものの、内戦で荒れ果てたポルトガルは、新しい時代が始まったとは言え、政治が落ち着くのに19世紀後半まで待つことになります。
   
追記:
よく、ドン・ペドロ4世が上陸したのはもっと北部にある「ミンデロ」と間違われるようですが、このPraia de Memoriaが正しいそうです。
    
ナポレオン軍がポルトに侵入した時の民衆決起の記念碑につてはこちらまで。↓
http://spacesis.blog52.fc2.com/blog-entry-1807.html

本日もありがとうございました。
では、また。

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コメント
歴史の勉強をさせていただきました。
詳しく丁寧に教えていただき感謝です。Motosinhas~ガイドブックにはでていない場所です。リベルダーテ広場からバスが出ているようなので晴れた日を選んで行ってみたいと思います。メモリア海岸のオベリスクをこの目で見てきたいとワクワクしています。
2019/05/31(Fri) 10:38 | URL | ムイントボン | 【編集
ムイントボンさん
バス路線、あるでしょうね。バスは30年来利用していないので、さっぱりです。
ツーリストのほうがよく知っているので面目ないv-408

ただ、バスは時間通りに来ないのが困ります。二人でしたら、いっそのことタクシーを利用するのもいいと思います。
2019/05/31(Fri) 16:54 | URL | spacesis | 【編集
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