2006年11月15日

夏時間から冬時間に変わり、今では夕方5時になるとすっかり暗く
なってしまいます。
昨日までの青空はうって変わって、今日は雨。いよいよ冬の気候に
入ります。

それでも、日々いたって平穏な生活を送っているポルトでのこの
ごろ、今朝は日本語の生徒さんの持ち込んできた話題で、授業
そっちのけで話しこんでしまいました。
いかんなぁ、こりゃ。レッスン料、もらえないぞ(笑)

なんの話かといますと、ポルトガルの今日の新聞記事。
日本の小中学生の自殺問題がとりあげられています。

新聞記事いじめ
「日本人生徒、いじめを理由に自殺ほのめかし脅迫」と見出し。
これは文科大臣に宛てられた数通の手紙やファックスのことである。

記事では奈良、福岡の小中学生自殺事件も書かれているのですが、
「いったいどうしてこんなことが起こるのだ」と聞かれる。
こんなことというのは、いじめもそうですが、自ら命を簡単に絶つ
ことを含みます)
生徒さんよ、わたしだって分からないのだ・・・・・
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ー続きはここからー

担任の責任だ、学校の責任だ、教育制度の責任だ、いや、メディア
が煽りすぎるからだ、親はなにをしてるんだと責任のなすりあい。

きっと誰も誰の責任かわからないのだ。

日本のこどもたちはいったいどうしてしまったのだろう・・・・

帰国するたびに、目にする若者たちに、時々わたしは
「おいおい、いったいどうなってるのだ?」
と問いかけたい衝動にかられることがある。

帰国を前にするたびに同僚たちからは、
「yukoさん、ここにいる調子で、よそ様の子供をうっかり注意なん
かするもんじゃないよ」と釘をさされる。
もちろん相手が中高校生だったらそんなうかつなことは、しない。 
しかし、小学生くらいだったら、わたしは注意を促すかも
知れない。

かつて、家の近くを通りかかった9歳か10歳のポルトガルの子ども
に、すれ違いざま、「chinesa=シネーザ(中国人)!」と投げつ
けられ、その子を追っかけていって、首根っこひっつかまえ、
「お待ちよ!Portugês=ポルトゲーズ!(ポルトガル人)
よく見ておきな。わたしゃ日本人だ」
と、大人げなく憤ったことがあった。
数人の子どもといたその子は、まさか、追いかけてくるとは思いも
しなかったのだろう、それ以上大きくならないくらいに、目を真ん
丸くしていたものだ。
こういうのは、ずっと可愛げがある。

今日の生徒さんは、日本びいきで日本文化を好み、日本人の礼儀
正しさ、勤勉さに憧憬の目をむける人である。
わたしも、「帰国子女物語」で書いているように、20数年前まで
は、日本の教育をone of the best in the worldと思っていた
一人である。
それが、途中からがらりと意見を変えてしまうことになったのだが・・・

わたしがその意見を変える頃から頭を漠然とよぎってきた言葉が
ある。
「子どもたちは眠らない」
わたしに文章を綴る才があれば、恐らくそのテーマで子どもを扱った本を
書いたであろう。

寝る子は健やかに育つ、とは昔から言われてきたことだ。
眠らない子どもたちは、心がいつもイライラしており、その発散の
方法を知らない。
不安定で不安で人間不信で利己的である。
「眠らない」というのは、実質的な睡眠時間ではなくて、家族の中
で精神が安らがない、と言う意味合いである。
そういう意味では、わたしもかつては、眠らない子どものひとりで
あったと言える。
しかし、わたしはそんな中でも果てしない夢を見続けることができ
たラッキーなひとりなのだ。

わたしが子供を育てるにあたって、ずっと願い念頭においてきた
ことは、ひとつは日本語教育、そして、もうひとつに、人を見下さ
ない、悪口を言わない、意地悪をしない、こういうことを思って
育ててきたと思う。
意地悪な心は思ってみただけでも哀しいものだ。
もちろん「勉強ができて欲しい」と言う親としてのわがままな欲も
なかったかと言えば嘘になるが、裏表のない人間に近づいてくれる
ことが、やはり願いであったと思う。

いじめ問題が持ち上がるたびにわたしは思う。
いじめた側もいじめられた側も、その親は生まれた瞬間に味わう子を
持った喜びと、人間としてこうなって欲しいとの希望を抱いたので
はないのか。
私自身はたいして教養のない人間ではあるが、少なくともそういう
希望を子どもに持ったものである。

希望は大きな光の導きである。
そういうものに無意識のうちに今日まで導かれて、やってきたよう
な気がしてならない。
個人の人間はかよわく、小さなことで揺れがちだ。

小学時代のわが子がいじめにあったとき、わたしたち夫婦は娘から
2度目を耳にして、すぐ学校長に話しに行きました。
3度目には、夫が、兄貴が、そのいじめっこをとっ捕まえて、
「いいか。この次があったら、許さんぞ。」と予告しました。

これで解決したかと言うと、恐らくその後もちょちょっとしたいじ
めはあったことでしょう。
しかし、少なくとも娘には、パパもママも兄貴も、守るぞ、という
メッセージがしっかり伝わったと信じています。

話しても変わらないいじめる側の親をもう教育できません。
いじめ問題が持ち上がるたびにわたしは思うのです。
いじめられている小学生のわが子をどんな風にサポートしたのか。
親に話したがらないから、ではなくて、ほんとうに我が子を見て
いたのか。我が子を知っていたのか。
本当の教育は学校ではなくて、家庭ではないのか。
親のしっかりした愛情とサポートで少なくとも小学生の自殺行為は
防げるのではないのか。

酷に聞こえるかも知れません。
長年中高校の教師をして今は退職している今日の日本語の生徒さん
との話の終着は、これになったのでした。

今日は、どうもまとまりのない記事になってしまいました。
ご勘弁を。

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コメント
興味深く拝読しました。「眠らない」というのは、実質的な睡眠時間ではなくて、家族の中で精神が安らがない、という言葉は特に印象に残りました。また、拝読致します。
2006/11/16(Thu) 09:26 | URL | kounit | 【編集
kounit さん、初めまして。

自分の思ったことを書き連ねてる記事を読んでいただき
恐縮です。
どうしても自分の子育て体験が中心になってしまうのですが、
小学生の自殺行為、わたしは分からないのです・・・
なんていうのでしょう、家庭の崩壊、それも親すらも
気づいていないようなそんな空恐ろしいことが
起こっていなけりゃいいな、と素人頭で考えてみてます。

どうぞこれからもよろしくお願いいたします。
2006/11/17(Fri) 02:28 | URL | spacesis | 【編集
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