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2019年8月21日 

イエスが最高の霊知を授けたと言われる秘蔵の弟子、マグダラのマリア像は、「神の知恵のシンボル」とされます。なぜ「黒」なのかというのには数説あります。

黒は知恵を象徴する、黒い聖母は異教的には浅黒い肌を持つエジプトの女神イシス(永遠の処女でありオシリスの死後、処女のまま神、ホルスを身ごもったとされる。キリスト教の聖母マリア、イエスと同じ話である)からくる、などなど。

グノーシス主義の人々が崇拝するその異教徒の黒いマリア像は、世界に160以上あるとのことで、フランスが圧倒的に多く、イタリア、スペインが続きます。

そして、ポルトガルでは唯一、ナザレの丘陵区域Sítio da NazaréにあるSantuário de Nossa Senhora da Nazaré(Santuário=聖地、教会とも訳せると思う)で見ることができます。

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しかし、地元では黒いマリア像とは呼ばず、土産物店で売られているコピーも白いマリア様になっています。
羊皮紙に書かれた古書によると、この黒いマリア像は初期キリスト教時代のパレスチナ・ナザレで崇拝されてきたとあるのだそうです。

5世紀に起こった偶像破壊運動から逃れて、黒いマリア像はスペイン、メリダ近郊にあった修道院に運ばれ、711年までそこに安置されていました。その後、ムーア人のイベリア侵入が始まり、ロマノ神父が聖宝の黒いマリア像を持ってポルトガルの大西洋沿岸(現在のナザレ)まで逃れ、崖の洞窟にそれを置きました。それゆえ、この地はナザレ、そして黒いマリア像は「Nossa Senhora de Nazaré」と呼ばれます。

ここまでが、黒いマリア像がパレスチナのナザレからポルトガルに辿りつい経路なのですが、現在教会の中に納められているこのマリア像は、最初、崖淵の小さな礼拝堂、Capela da Memóriaに安置されていましたが、この崖にもうひとつ、12世紀後半の伝説があります。

戦士Dom Fuas Roupinho(ドン・フアス・ローピーニュ。恐らくテンプル騎士だと思う)はある日、馬に乗り狩に出、深い霧の中で不思議な黒い影を見ます。鹿だと思いそれを夢中で追いかけるうちに崖っぷちまで来てしまい、一瞬マリア様に助けを求めます。すると、危うく海に落ちるところを馬のぎりぎり脚の踏ん張りで命拾いをします。

その場所は、ちょうどかの黒いマリア像が安置されてある洞窟のすぐ横だったとのこと。そこで、感謝の印としてDom Fuas Roupinhoはその場所に礼拝堂を建てます。
 
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ピラミッド型の屋根を持つ礼拝堂はまさに崖っぷちに建てられています。

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礼拝堂横は見晴台になっており、この壁の向こうは崖で入ることができない。ここから眺められる景色がこれ↓
portugalgoods

古い礼拝堂の外壁にはDom Fuas Roupinhoの伝説の場面がアズレージュで描かれている。
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14世紀に入ると、噂を聞いた巡礼者が増大し、ドン・フェルナンド王は礼拝堂の広場向こうに教会を建て、黒いマリア像もそちらに移動されます。それが、Santuário de Nossa Senhora da Nazaré教会、トップの写真になります。

礼拝堂内部、黒いマリア像もまだ続きます。
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コメント
もう一度ナザレに行ってみたいと~
思います。詳しく教えて下さり益々興味を持ちました。
教会に行くと聖母子像は必ず写真に収めてしまいます。同じように見えてもその表情がいろいろなんですね。
授乳をしているマリア様がとても親しみを覚えます。
2019/08/22(Thu) 09:07 | URL | ムイントボン | 【編集
ムイントボンさん
伝説によると、最古の黒いマリア像の可能性があるそうですが、う~む・・・です。
もっと時間をかけて調べる必要がありますが、今回はPt.4でとりあえずお終いv-8
2019/08/23(Fri) 05:40 | URL | spacesis | 【編集
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