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2019年9月13日 

子供の頃から観てきた映画は数知れず。
わたしの小学生の頃は今のようにテレビなどほとんどない時代です。小学校の講堂を利用して映画教室(わたしたちはこれを「幻灯」と呼んだりしたのですが)が、時々催されました。

椅子などには座らず、そのまま床に地べた座りです。スクリーン代わりに講堂の壇上に大きな幕が張られ、私達のすぐ後ろでは映写機が裸のままジ~ッと回るのです。


そうして観た映画は数々。「綴り方教室」「にあんちゃん物語」「コタンの口笛」「地の涯てに生きるもの」「24の瞳」「柿の木のある家」「のんちゃん、雲に乗る」「緑遥かに」「怒りの孤島」等等があります。

どれも、子供心に深い感銘を与えたように思います。なぜなら、わたしは今、ここにこうしてずらりとタイトルをあげることができる程に覚えているからです。

本から学ぶことはたくさんありましたが、映画鑑賞から教えられたことも山ほどあるように思います。根が単純なせいか、本も映画も読んだり観たりしている途中から観客としての立場を忘れ、思わず引き
込まれてのめり込んでいることが度々あります。

映画の危険な場面など、「あ、危ない!後ろに人がいるよ!」と、今でも声に出したりしてるのです^^;

映画は観て一巻の終わりではなく、「もし自分の身にあのようなことが起こったら」と後で考えて見ることは、普段ののんびりした生活にちょっとした起爆剤を与えるような気がします。

たかだか70年80年の人生で、わたしたちが経験体験できることは、知れているでしょう。でも想像力を持つ人間は、それを駆使して模擬体験とします。更に賢い人はそれを未来につなぐことができるでしょう。

自分の身を人の立場に置いてみる。これはたやすいようでなかなか難しい。
論語に、「四十にして惑わず。五十にして天命を知る。六十にして耳したがう。」とありますが、「60歳で他人の意見が分かる」と言うのには、その歳の頃には、「人のなすこと言うことが、環境、文化、教育の背景から来るものであり、いちがいに笑ったり怒ったりはできない」という意味合いも含むことでしょう。

異文化社会に身を置く場合、私たちは、特に若い時は往々にして自分が体得してきた常識なるものをうっかり振りかざし、批判しがちです。わたしにも若い時、うかつにもそういうことをしてしまった後悔があります。

日本の教育が一番いい、と錯誤したことw、日本人は時間厳守、常にきっちりしていて他人に及ぼす迷惑行為はあまりとらない、と言う幻想w

これらは勿論、まったくそうなわけではないのですが、時間を守らない、きっちりしない、迷惑行為を平気でする、などの同国人に私自身は出会って来ました。要は日本人だから、ポルトガル人だからの問題ではないと言うことです。

日本人であるわたし自身も、同じ国の人から、「ポルトガルに長い間住んでる人だからね」との印象を与えることがあるかも知れません。しかし、「異国に住んでいる」から、ではなくて、「単一の文化を離れて体得して辿り着いた考え方をするの人」って捉えて欲しいな、と思います。

国柄は人柄に似てるでしょうか。ま、国も人も個人的に好き嫌いはあるでしょうが、色んなことをその「個性」と見るか否かで、随分私達の接し方にも生き方にも違いが出て来ると思います。

物事を捉えられる想像力は、読書や映画の鑑賞から、そして異文化体験からも十分に養うことができるのではないでしょうか。

読書も映画も、そして海外のことも、「想像力を駆してその身をそこに置いてみる」のは、ああだこうだと批判する以上に、わたしたちに素敵な生き方のコツを示してくれると思います。

映画、加藤大介主演「南の国に雪が降る」を見て、涙腺破裂、ここ数日こんなことを考えたのでした。

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ではみなさま、また。

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