FC2ブログ
2019年12月5日 

毎年12月になると思い出さずにはおられない話がいくつかあります。今日はそのひとつ、まだ子供たちがいなかった頃のことです。

ポルトガル語も分からず、英語もほとんど通じない環境で、当時は夫の家族である義母、義母の姉と義理の姉二人、つまり3人のお年寄りとの同居でありました。 今にして思えば、今日のわたしの忍耐力は(自分で言うか)この6年間の3ババ殿との同居時代に培われたものと自負してます。 

街を歩けば「シネーザ、シネーザ(中国女の意味)」と指さされ、それが「シネー、シネー」と聞こえるもので、腹が立つことこの上ない、日本人が一人もいなかった環境での明け暮れでした。

近所の5、6歳の子供たちに「ファシスタ!」とののしられていた老犬が路上で寝ているのを表通りに面したわたしたち夫婦の部屋のベランダから毎日見ていたのでありました。今と違って当時はのんびりしたものです。その通りは5、6匹の野良犬が道路のあちこちでゴロ寝している光景は当たり前でした。

小さなその老犬はビッコをひいており、右側の牙が少々突き出ていて、多少醜い。「犬だってイジメの対象になるのは、こんなのか」と思うと、当時の自分の孤独感もあってか俄然わたしはその犬に近づき始めたのです。

初めは近づくわたしを恐れて、逃げ隠れしていた老犬が次第に警戒心を解いていき、やがてわたしが玄関口で、「ヒューッ!」と口笛を吹くとすぐやってくるようになりました。

それからです、庭がないからだめだ、と嫌がる夫の母を身振り手振りで説き伏せ、義母さま、ついに根負けして、「じゃぁ、日中は外、夜寝るときは仕方ないベランダ」ってことに相成りましてね。

「ヤッター」の気分のわたし、名前は迷うことなく、ローマ帝国の歴史上、小柄でビッコをひきもっとも皇帝らしくないと言われた「クラウディウ皇帝」からいただいて、「クラウディウ」と名づけたのでした。

忘れもしない、12月31日。その日の夕暮れ時、いつもなら飛んでくるクラウディウが、いくら呼んでも現れず。すると、近所の人が、「今日、保健所が犬捕りにやってきて他の犬たちはみな逃げたのに、クラウディウだけはその場にうずくまってしまい、網にかかって連れて行かれた」と言うではないか!

孤独な異国での生活で初めて心を通い合わせた相棒です、帰宅した夫に半ベソをかいてなんとかしてくれと泣きつきました。夫が保健所に電話で問い合わせしたところ、すでに病院送りになったとの返事。

「病院ってどこの病院?サン・ジュアン病院!あなたの病院じゃないの!」

日も落ちかけた大晦日、わたしは夫とともに人がいなくなった病院の実験薬殺用の犬たちが入れられている檻のある棟に忍び込みました・・・

建物の一部になっている高い網でとりかこまれたその大きな檻には何十匹もの犬たちがうろうろ不安な眼をして動き回ったりうずくまったりしていてそれは心の痛む光景でした。

「こんなたくさんの犬の中に本当にクラウディウはいるのだろうか」と思いながら低い声で必死に叫びました。「クラウディウ、クラウディウ」

やがて檻のずっと奥の方からヨロヨロと出てきたクラウディウはわたしたちを見るなり喜び吠えです。しかし、どうやって檻から出すのか?・・・・・ すると、あった!犬が逃げようと試みでもしたのだろうか、網の一部が破れてる!

夫が素手でそこをこじあけこじあけ、やっと小さなクラウディウが出られるくらいの大きさに押し広げ、ついにクラウディウを抱き上げたわたし達は、外に止めてあった車に押し込め、逃げること一目散!

破られた網に穴から他の犬たちも逃げたのは言うまでもないでありましょう。あとは野となれ山となれ。いずれ殺処分されるであろう犬たちへ、大晦日の贈り物だい!

そうして自宅に着いたわたしたちも、そして車も、檻の中でウ〇コまみれになっていたクラウディウの匂いがしっかりついていたのでした。1979年12月31日、わたしがポルトガルで初めて迎えた大晦日のハプニングでした。

            ・この記事は過去に書いたものに手を加えています。
関連記事
にほんブログ村 海外生活ブログ ポルトガル情報へ にほんブログ村 シニア日記ブログへ
にほんブログ村
コメント
まるでドラマを観るようなお話です。
 連れていかれた先がご主人様の病院だったのも何かの縁でしょうか。
 危機一髪で救援ができて本当に良かった。
 三婆生活での癒しだったクラウディウ。
spacesisさんの思いが通じていたのですね。今になって忍耐力を培った6年間。よく耐えられましたね。
 私もそれにちかい経験がありますが、今でもその頃を振り返ってツレに愚痴ることがあります。執念深いんですね。苦笑。
「その話になると母さんテンション上がるよね」と子供たちに笑われています。
2019/12/07(Sat) 10:01 | URL | ムイントボン | 【編集
ムイントボンさん
若い時のわたしの性格を知っている人からはかの6年間の生活を「信じられん」と言われますが、イヤも何も日本に帰るお金がなかったんですよね(爆)あの時代があっての今のわたしだと思っています。

うふふ、その話になるとテンションあがる、というの、分かりますよ。わたしはたまたま愚痴る相手がいないのであって(笑)

やはりできれば、若い夫婦の間は一つ屋根に女は一人、が理想でしょうか。
ムイントボンさんもがんばられましたね^^
2019/12/08(Sun) 18:12 | URL | spacesis | 【編集
コメントを投稿
URL:
Comment:
Pass:
秘密: 管理者にだけ表示を許可
 
トラックバック
この記事へのトラックバック
Click for Porto, Portugal Forecast 
ポルトガル ポルトの口コミ
ポルトガル ポルトの口コミ