2006年11月23日
カーザ・ダ・ムーズィカ
★ポルト・Casa da Musica(コンサート会場)の一見変わった建物。

久しぶりに寝坊してしまった今朝。
亭主出掛けの「もう少しゆっくり寝ていたら?」の言葉に甘えて、
うっかり再び寝入ってしまいハッと目が覚めたのが、え、9時半!
ひゃ~~、エライこっちゃ。10時半から日本語だ!
慌ててシャワーを浴び、大急ぎで髪を乾かし、なんとか時間にこぎ
つけました^^;
これは自宅だから間に合うのでして(笑)

近頃めったにこういうことはないのですが、ここしばらくポルトは
ずっと雨天、こういう日はついつい体がだるくて、起きた後もどう
もすっきりせず、普段のボ~に輪をかけることになります^^;

さて、こんなボ~ッとした頭で、毎朝Web新聞に目を通す習慣、今日
は日本語レッスンの終わった昼過ぎになったわけですが、ひとつの
記事に少し安堵感を得たのがありました。
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ー続きはここからー

『岡山県のとある私立高校で、日ごろから態度の悪い生徒を30代
の教諭が頭を殴ろうとした。生徒はそれを避けようとした際に、側
の窓のサッシに顔がぶつかり、右まぶた上、6針縫う怪我をした。
教諭は保護者に謝罪。そのときの親御さんの話です。
「日ごろのこともあり、息子にも責任がある」
(産経web記事からspacesis 要約)』


わたしは、極端な体罰肯定論者ではありません。
が、この親御さんの言葉は、わたしが子どものころは世間でよく
耳にした言葉で、この言葉の裏には、今時の親たちが、家庭教育の
無責任を棚にあげ、よく言いがちな、「大事な息子に体罰あたえよ
うと怪我させて、学校の責任はどうしてくれるんだ」という責任転
嫁の気持ちがわたしには見えなく、それで、こういう親御さんが
ちゃんといるのだと、安堵感を覚えたのです。

「体罰」という言葉はわたしは好きではありません。
「体に直接苦痛を与える罰」が、少し行き過ぎるととんでもないこ
とになります。
しかし、ルールを破り、何度諭してもきかない、となると、いずれ
社会に巣立っていく子どもたちです、早期に、ルールを破ることは
人様に迷惑をかけるのであるから、罰を科します、と言うのは、
家庭でも学校でも必要なのではないかと、思うのです。

わたしの子どもたちが通学したBritish Schoolでの出来事です。
小学部低学年の男児が、妊娠中のお腹の大きな担任の先生に、いた
ずらで先生の座る椅子をヒョイと退けました。もちろん、先生は教
室の床にそのまま尻餅をついたわけです。
これは妊婦にとっては、非情に危険なことです。
子どもはそこまで知らなかったとは言え、またその先生は幸いなこ
とに、流産しなかったとは言え、小学生低学年の彼は、即退学させ
られました。

小さな子どもはそういうことは知らないからとか、学校でそういう
指導をしなかったから、とかは言わせません。
有無を言わさず、即!です。
つまり、こういう家庭教育の子は、学校では責任がとれない、困る、
ということでしょうか。
これは私立校ですが、日本の公私立校でこのようなことが仮に起こ
ったとしたら、どのように対処されるのか興味のあるところです。

時々、わたしは子供たちの親御さんから、「言うことをきかなかっ
たら、びしびし叱るなり、叩くなりしてください。」とお願い(笑)
されることがあります。
しかし、そう言われても、わたしは困るのです。
叱るというのは、多大なエネルギーを費やすことであり、何よりも
子どもの将来を思う親心、愛情のようなものがなければ失敗してし
まいます。

堪忍袋の緒が切れて、年端もいかぬ男子をとうとう泣かせてしまっ
たことがあります。
泣いて、嫌がって出ようとしない彼の手を、強引に引っ張って教室
から連れ出し、空き室で向かい合って座り、なんでこんなに怒られ
たかわかるかと、延々と話しすることになったのですが、「鉄は熱
いうちに打て」です。
これなどは少人数だからこそできたことでしょう。

こちらが動転するような余程のことでない限り、我が子たちには、
突如としてぶん殴るということはなかったと思います(だよね?
息子よ、娘よw)それでも、わたしの「ちょっとここにお座りなさ
い」やら、「お手手を出しなさい」はよくありました。

箸の上げ下ろしにまで、口うるさくガミガミやるのもいかがか、と
思うこともありますが、家庭である程度物事の良し悪しや大人には
敬意を払う、というようなことを教わらない子どもは公の場で不幸
になりがちです。

近頃の親御さんは子どもをあまり叱らないという話を耳にします。
親が叱らなかったら一体誰が親身にその子の先々を思って叱ってく
れるのか。
行き過ぎな体罰は困るけれど、少々のことは、「親に代わって叱っ
ていただき、ありがとうございます」が、わたしの父母の世代の学
校や先生に対する気持ちでした。

そこには、時折、理不尽な叱り方をする先生もいたりするわけです
が、それでも、世の中、なんでも正義が通るとは限らない、いや、
哀しいかな、正義が通らないことの方が多いのです。
そんな世間の海にいずれ漕ぎ出す子どもたち、親はいつまでも防波
堤になってやることはできない、理不尽に叱られる経験もわたしは
あってもいいと思うのです。

叱られたからには、なにかお前に落ち度があったに決まってる、と
わたしも親からは、先生に輪をかけて怒られゲンコツをもらい、不
服だったことを覚えていますが、今大人になってみて、ああいうこ
ともあった、それらがみんな、自分の人生の肥やしになってきてる
ような気がしないでもない。

随分昔、とある本で目にした「アメリカ・インディアンの教え」と
言うのがあります。

子どもたちはこうして生き方を学びます。

批判ばかり受けて育った子は 非難ばかりします。
敵意に満ちたなかで育った子は、誰とでも闘います。
冷やかしを受けて育った子は、はにかみ屋になります。
ねたみを受けて育った子は、いつも悪いことをしている
ような気持ちになります。
心が寛大な人のなかで育った子は、自信を持ちます。
誉められるなかで育った子は、いつも感謝することを知ります。
公明正大ななかで育った子は、正義心を持ちます。
思いやりのあるなかで育った子は、信仰心を持ちます。
人に認めてもらえるなかで育った子は、自分を大切にします。
仲間の愛のなかで育った子は、世界に愛を見つけます。


家庭教育の真髄が窺がわれるような、それでいて素朴な教えです。
現代社会はすっかり複雑化され、教育面もその複雑さから免れるこ
とはできない、と言う意見も聞こえて来そうですが、このような
基本なくして、人間教育はできないのではないかとわたしは思う
のです。

上記の記事の親御さんの言葉から、こんなことまで考えたのですが
ええように受け取りすぎかしら(笑)
けれど、なぜか、この親御さんの言葉にわたしは「うんうん」と
頷いてしまったのでした。

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コメント
壽則です。大器晩成の”晩成”を名乗ることもあります。この”アメリカンインディアンの教え”に書かれている貴女の主張を全面的に納得し支持します。教育は学校で先生がやるべきものなんてとんでもない。知識教育は先生にお願いせざるを得ないと思いますが、極端に言えば道徳・倫理は親が教えるべきもので、その補助を学校にお願いする程度でなければいけないのです。貴女の問題意識には敬服しています。
2006/11/24(Fri) 20:53 | URL | 晩成 | 【編集
わたしも、この教えを、
確かEQの本だったかで読み、うん、そうだよなと思い、心に残っています。

さて、
私も、spacesisさん同様、輪をかけて怒られ
反省したものです(ホントか・・^_^;)

今思えば、ゲンコツは、落とした親の心にも落ちることも、理解できます。

言っても判らないのだから、叱るのはよそう、ゲンコツも可哀想だから、
止めておこう、そのうち判るだろう。

などと言っていては、いつか逆に、子供からゲンコツで済まないものを貰うような気がします。
決して、体罰を肯定しているわけではないんですけどね。

何かと、
躾も学校にお任せな保護者が多い中、
ちゃんと我が子を見ている親御さんが
まだまだいるはず。

私も「うんうん」となりました。




2006/11/24(Fri) 22:21 | URL | マー | 【編集
小学校の学級崩壊も
親への指導から見直さなければならないと言われています。
小学校から始めても遅く、幼稚園、保育園から始めなければとの声も。
その保育園の現場にいる私ですが
親への指導はとても難しいです。
問題のある子どもは、やはり親に問題があるように感じます。
そういう保護者に対して少しでも意見しようものなら
ものすごい勢いで反論してきます。
そうなるように育ってきてしまった保護者の考えや生き方を変えるのは
並大抵の努力ではできません。
私は力の限界を感じています。

この「アメリカ・インディアンの教え」は
ウチの保育園でも職員の目につく所に貼ってあります。
2006/11/25(Sat) 21:26 | URL | みぃー | 【編集
>晩成さん

こんにちは^^
ただいま、土曜日の職場から帰宅してレスいたしております。

今日も職場では、かつてはなかったような子どもたちの
授業態度の問題に話題が行き、「一体どうしてこうなるの?」とスタッフ全員頭を抱えています。

自由や放任主義の親たちの履き違えの結果であろう、いや、親の「自分のための時間」のエゴの結果だ、いやファーストフードや添加物の食害だと、色々出るのですが、恐らくその全てが原因となるのでしょう。しかし、さて、それでは解決策は、と言うと、なかなかこれが難しくて・・・
でも、ここで諦めてしまってはお終い、スタッフ全員でできる限りのことをして行こうと、
日本の裏側のちっちゃなちっちゃな週一の学校、努力して参ります。
こちらまでおいでいただき、ありがとうございます。
2006/11/26(Sun) 03:59 | URL | spacesis | 【編集
>マーさん

この詩とも思えるようなアメリカインディアンの教えですが、わたしは1991年に出会い、自分の子供を育てていく上で、心に留めておきたいなと思い、メモって来たのでした。

もちろん、全てこの通りできるようなエライ親ではありませんが、このような言葉を胸に抱いているだけでも、子どもに接する心がけはちがうような気がします。

マーさん、結構親御さんには心配をかけたほうなの?
わたしは父親がすぐ手のあがる人でしたから、女ながら遠慮なくぶん殴られました(笑)
いやぁ~、きつかったわ(笑)

そういうことを経験していますから、マーさん同様、体罰そのものには反対意見です。
ただ、ゲンコツくらいは必要なときがあると思っています。
2006/11/26(Sun) 04:13 | URL | spacesis | 【編集
>みぃーさん、お久しぶりです。

グータラ一人暮らしも終わりましたね^^
お邪魔してはいるものの、読み逃げが最近多くてごめんなさい。

「少しでも意見しようものならものすごい反論が返ってくる」
これは、さもありなん。想像できます。
人の話に素直に耳を傾けることが少なくなって来たように思いますね。
我が職場でも、よかれと思い親御さんに注意を喚起するものの、難しいですね・・・
無気力感を抱く同僚もいます。

でも、でも、みぃーさん、がんばれ!
一朝一夕で変わらないのが人の世、大事だと思われる部分は、しつこく地道に何度でも(笑)これ、わたしのやり方です。

そうですか、幼稚園でモットーとして貼ってあるのですね。
親御さんにも是非読んでいただきたいものですね。


2006/11/26(Sun) 04:28 | URL | spacesis | 【編集
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