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2007年2月12日 

27年も日本を離れていると、日本の暦からついつい意識が遠のい
てしまいます。
日本の暦が毎年横浜の知人から届けられるようになって、かれこれ
7、8年になるのですが、そのとき、自分が知らなかった祝日を見
つけたのにはびっくりしたのでした。

まず、振り替え休日。わたしが日本にいた頃にはありませんでした。
そして、みどりの日、海の日、4月29日の昭和天皇誕生日がいつ
のまにか昭和の日、12月23日の今上天皇誕生日。
1月15日を成人の日と信じ切っていたわたしは、それが変更され
ていたのには、アッと驚いたものでした。

振り替え休日については、それまで諸外国から「働きすぎだよ、君
たち」と、懸命に働くことはいいことであるはずなのに、それがど
ちらかと言えばひんしゅくをかって「ワーカホリック」の造語まで
与えられたサラリーマンの国日本も、いよいよ欧米並みの休日制度
をとりいれるのかと、却って安心したものです。
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ー続きはここからー

さて、その昨日、2月11日は建国記念の日。
この日は、建国を記念する日ではなくて、「建国されたこと」を記
念する日なのだそうです^^;
1966年に祝日法改正で定められ、翌1967年から適用されま
した。

この建国記念日ですが、わたしは祖母や母がこの日のことを「紀元
節」と言っていたのを覚えています。
「紀元節」は明治時代から、初代神武天皇が即位した日を日本の紀
元の始まりとした祝日だったのですが、戦後GHQの意向で廃止に
なったのだそうです。
しかし、後全国民の8割以上が「建国を記念する日」を望んでいた
ことから、復活し名称も「建国を記念する日」とされました。

祖母は明治生まれの人でした。
幼い頃を大所帯で過ごした祖母の家の座敷には、亡くなった祖父の
仏教徒としての仏壇があり、更に今考えるとなんとも不思議なこと
に、仏壇があるのに、神道の神棚もありで、これが恐らく当時の一
般的日本人の宗教の祀り方だったのでしょうか。なんともおおらか
なものです。

そして、もうひとつ、座敷の鴨居(?というのでしょうか。
ふすまや障子をはめ込むレールとして設けられた上部の横木)には、
当時の天皇陛下皇后陛下の写真が入った額が飾られていた記憶があ
るのです。
あれは、もしかするとご先祖さまの写真だったのだろうか・・・・

昨日は日本の建国を記念する祝日というのを機に、そのいわれを調
べてみました。
これは日本神話を少しかじることになるのですが、読んで行くうち
にその中に出てくる神々の名前、土地の名称の多くを、わたしは幼
い頃に母から聞いて耳にしていたことがあるのを思い出しました。

国生みのイザナキ、イザナミの二神。イザナキから生まれ、高天原
(たかまがはら)を治めるアマテラスオオミカミ、ヤマタノオロチ
を退治したその弟スサノオノミコト。
孫、ニニギノミコトにアマテラスオオミカミは三種の神器を手渡し、
下界を治めさせます。

三種の神器(ジンギと読む)とは、日本歴代の天皇が皇位のしるし
として受け継ぐ三つの宝物のことで(これは現代も受け継ぐでしょう)、やたの鏡(現在伊勢神宮にあると言われる)、アメノムラク
モの剣(名古屋の熱田神社にあると言われる)、ヤサカニノ勾玉
(まがたま)です。
三種の神器は、平家物語の話のなかにも出てきます。

ニニギノミコトはやがて、コノハナサクヤ姫(なんて素敵な名前!)
と結ばれ、その子どもが山幸彦、海幸彦。山幸彦とトヨタマ姫の子
どもが後の神武天皇になる、という神話でした^^

読み進むうちに、わたしは昔話として、あるいはお伽噺として、祖
母や母から、幼い頃に日本神話を聞かされていたのを思い出した
のでした。

4年前の今頃、2月に83歳で亡くなった母は、尋常小学校(小学
校4年生)を出ただけの人でしたが、歴史のことは実によく知って
いて、折に触れてはわたしと妹に自分の知っていることを「さぁ、
お座り。今から日本の起源の話しです」と言う風ではなく、何かを
しながら何気なしに話してくれたように思います。

後年、母は毎晩軽く晩酌をする人でしたが、夕食後、お腹がいっぱ
いに
なるとよく「高天原(タカマガハラ)も~我が腹も~(腹=原にか
けてる。)」と言いつつ、満足したとの表現でソファに横になり、
わたしたち姉妹を笑わせていたのでした。
こういう時の母を見るにつけ、昔の人は、科学分野は別として、そ
の教養は現代人を遙かに超えていたのではないかと、ふと思ったり
したものです。

世界史や日本史が受験勉強の邪魔になるとて、一部の高校で授業を
しないで誤魔化していたとしばらく前に問題になりましたが、歴史
観を持たずして、人は社会を、人生をどんな風に見ることができる
だろうか、と、ようやくわたしは、考えるようになりました。
「教養」とは色々見方言い方があるでしょうが、わたしにはどこか
で読んだ、「歴史を知ることこそが教養である」と言う言葉が強く
心に残っています。

通説では神武天皇即位は紀元前660年とのこと。
今年は神武暦2667年です。かくも長い、世界でも独特の歴史を
持つひとつの国の子孫であるのだなぁと、異国に来て遅まきながら、
建国記念の日から紀元節へ、祖母へ、母へと、心を運んでみた昨日
2月11日でした。

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コメント
ご無沙汰しましたが。
ミスでメールが出た様子です。続のつもりで(その2)で記してみます。長女がquimioterapiaを再度始めたので愚妻は娘のアパートへ尽ききり、お陰で俗事が此方に回って来てますが何とか切り回して居ます。ロンドンの娘の結婚式のhollの予約も出来た様子だ頑張れ皆で行くぞと娘には気合を入れてます。少しずつ良くなっていますので、他事ながらご休心下さい。
紀元節今この地で口ずさみ、雲に聳ゆる高千穂の・・又紀元は2600年ああ一億の胸はなる!幼稚園児に尋常小出の母が歌ってくれたけど解らなかった意味が今成る程と頷けます。
ポルトは寒いでしょう。もう此方はカーニバルの雰囲気です。御健康に御留意あり益々のご奮闘を!cafe は何杯飲んでもあきません。
2007/02/13(Tue) 06:47 | URL | nakayoshi | 【編集
>nakayamaさん

メールをお送りしました。
ミスメール、届いていないようでしたよ^^
2007/02/13(Tue) 21:09 | URL | spacesis | 【編集
こういったことは、
語られませんでしたが、

ババとわが子、
昔話は面白いようで、
ババの子供時代の話を、新鮮に感じ、
聞き入る事が多いわが子です(^^♪

土間、ミミズ(薬代わり)、ナマズ、
田んぼ・・・等々

キラキラした目をして、
想像する表情をみると、
嬉しくなります。
民俗資料館などは、ババとアキがある意味、
つながります(^^ゞ
2007/02/13(Tue) 23:48 | URL | マー | 【編集
ヤマタノオロチ
古事記は中学生のころ
なけなしのお小遣いで
買った記憶があります
なんでだろ、今なら図書館へ直行ですけどね^^;

昔、ドラえもんでのび太が
ヤマタノオロチは首が8つなら
ナナマタのオロチじゃないのか?w
とか言っていた場面が確かあったのだけど
なんだかそんなくだらない事だけは
覚えていたりする、最近記憶の怪しい
ぎたれれでした^^;
2007/02/14(Wed) 01:30 | URL | ぎたれれ | 【編集
>マーさん

わたしの子供時代といえばテレビも絵本もなしの
半世紀昔のことですからね(笑)

「土間」、小学国語の教科書、「ごんぎつね」に出てくる
のですがも今の子どもたちに説明するのに、自分が子ども
のころ住んでいた祖母んお家の見取り図を描いて話します。
土間のある家を見たこともない子どもたちですから、
そういう話をすると「え~~!」です^^

ほたる、とんぼとり、蚊帳、チャンバラ、木登りの
話をすると、アキ君のように目を輝かして聞きます^^
この子達の記憶のどこかに、わたしの話が残って
くれるといいな、と思いつつ。
もうわたしもすっかりおババさまです^^

>ぎたれれ君

ドラえもん映画版は、よくできていましたね。
あれに触発されて、子どもたちと一緒に恐竜や
亀ヶ岡遺跡の勉強をしたあの頃が夢のようです。

ぎたれれ君、その後その本は、どうなったの?
2007/02/14(Wed) 18:34 | URL | spacesis | 【編集
本はですね
どこかへ消えていましました^^;
たぶん引越ししたときに
古本屋へ売りにいったかな
部屋が狭いのです^^;
2007/02/16(Fri) 07:39 | URL | ぎたれれ | 【編集
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