2007年5月23日

5月はわたしにとって思い出深い月です。

1979年3月に日本で、オフィス時代の友人だった二人の証人を
立て、京都は深草の区役所に婚姻届を出したその結婚記念日は、
ともするとうっかり忘れがちなわたしですが、毎年5月が来ると、
自分が初めてポルトガルの、ポルトの地を踏んだあの頃を思い出す
のです。
そして、つくづく、「いやぁ、今年もまた一年過ぎちゃったよ。
よくぞまぁ、このわたしが、こんにちまで来れたこと。」と、我と
我が身にひそかに乾杯するのです。

いつだったかモイケル娘に、
「パパとママの結婚式の写真はないの?」
と聞かれたことがあります。
子どもたちよ、ないのだよ、パパとママには(笑)

夫は当時、すでにポルトのサン・ジュアン病院で働いてはいたもの
の、まだ専門医ではなく、広島大学病院のしがない研究生。
わたしはと言えば、夫と知り合って半年後には、昼はオフィス、
夕方から9時まではビアハウスの歌姫アルバイトをして溜め込んだ
大枚をつかみ、長年の夢を果たしにアメリカへ渡り、結婚の意思を
固めて半年後に日本へ帰国した時には、スッカラカンの状態だった
のであるよ。

二人とも、親のすねをかじるには結構な歳でもあり、親の経済力を
頼ろうなど思わなかった独立心強いパパとママであったのだ(笑)
婚姻届を出したその夜は、梅新のアサヒ・ビアハウスで、常連た
ちやオフィスの友人たちが集まり、簡単なパーティーを開いてくれ
たものです。
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ー続きはここからー

今では亡くなった我が母からは、ポルトまでの片道飛行機代をお祝
いにもらったのでした。
鍋釜提げて、とは全く言ったもので、鍋釜ならず、わたしの場合は
本と当座の着る物のみ。
しかし、左薬指にはしっかりと結婚指輪がはめられてありました^^

夫はこの年の3月に2年間の留学期間を終え、一足先にポルトへ
帰り、やがて二月後の5月に夫の親友だった広島大学病院のD先生と
わたしはポルトに来たのでした。
ポルトに来るまでの2ヶ月間は、横浜の叔母宅に居候していたの
でした(笑)
以前にも日記のどこかに記したと思いますが、わたしたちの新婚
旅行は、このD先生も一緒の世にも珍しい3人の新婚道中だったの
です。
1979年5月1
 この写真はくだんのD先生が旅先の海岸で撮ってくれたもの。
パパもママもほっそりしていて、若かった^^

そして下の写真は、後日、夫の友人たちのカップル、それに義兄と
従姉妹も加わっての、Viana de Casterlo(ポルトを北上した古い
町)の有名ないわし祭りの会場での一夜です。
1979年5月2

生バンドあり、ワインの飲み放題、いわしの食べ放題、そして民族
舞踊もあり、一緒に加わって踊ることもできました。
(写真はクリックすると拡大できます^^)

あれから今年で29回目の5月に入りました。
写真に写っている仲間たちも、それぞれ定年を迎えたり、おじい
ちゃん、おばあちゃんになったり。

この頃40数キロだったわたしも、今ではふっくら幸せ太り^^
 
一体何を追い求めてるいのかよく分からないままに、あちこちを旅
行していたあの頃が、まるで画面をザラザラさせながら回る古い
映画のように、記憶の中から5月に顔を出して来ます。
そして、大した覚悟もなく、夫だけを頼りにここに来たわたしです
が、いつのまにやらポルトガルはわたしの安住の地になりつつあり
ます。

29年。一言で言ってしまえばただそれだけ。
そして、その一言のまま、また一年重ねて行きます。
重さをわたしは引きずらないで生きたいと思っています。

今日は密かに、わたしの29回目の5月に乾杯^^

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コメント
猫ふんじゃった♪
の、作曲者はフランス人の「フェルディナント・ロー」とも言われており、ちゅうの描いたチョコレートが飛び出している所のピアノ奏者は、その肖像写真を見て描きましたが、はっきりとしたものではないようで。
29回目の夫婦共同生活おめでとう!以前にも書いたと思うのですが、ちゅうの結婚は4月のお終いでした。
ちょうど5月の連休の始まりで、「損をしたな!」という思い出が残っております。また、結婚して何年なのか、29周年?30周年?微妙で分かりません。で、結婚30周年のお祝いは来年やろうと・・・いい加減な夫婦です。結婚式から新婚旅行の顛末が、またいろいろな出来事があって、いま思い出してもお恥ずかしい限りで・・
それを漫画で発表しようか、悩んでます。(我が家の神さまが恐い!!)今日は雨、夕方から仕事で青山に出かけますが、その前に映画でも見に行こうかな。では!
2007/05/25(Fri) 10:55 | URL | 空想好きの猟期的男 | 【編集
特攻片道燃料!
  愛は国境を越えて。

30年前のポルトの空港には愛しの彼が迎えに来てましたか?
ポルトガル人の家庭に英語で入って行った?
外人ドクターとは何時何処で、未来を契る仲となったか?
Mr.コスタは金草鞋者。 マルコ ポーロ 並にジパングから連れ帰って来た日本女性、当時そのポルト域には日本人女性は居なかったでしょう?
(日本大使、領事、婦人はリスボンには居たでしょうが)

お医者さん宅だから30年前に冷蔵庫は有った?車は?しかし子育てには日本式弁当、英語、日語、教育は凄い。
外人家庭は余り主婦に財布は渡さないと思いますが・・・(昔の武士は奥方の知らない銀行小切手を持っのはタシナミ?)
カルチャーショックとかはそこで生活するとそんな事は云ってられない。
よくもまあ北国の高卒の娘が、大阪で稼いでアリゾナへ行ったり、ポルトガルで(日常近所に親子兄弟親戚、日系社会も無い)生活したりは偉いなあと驚きです。

ブラジル語を始め生活様式全てに今一馴染め無い我が身を反省もしながら、あらためて  ドーナ優子 の 幸せな家庭生活(猫ちゃんも)満喫されん事を祈りつつ。

 濃いお茶がコワイ!コワイもの見たさ、   さえ感じます。 
2007/05/25(Fri) 11:07 | URL | nakayoshi | 【編集
じんわりと感動が・・・
spacesisさん、だんな様とのツーショット
素敵!素敵!幸せが29年たっても伝わって
くるような写真ですね。
そして今も変わらずお幸せなご夫婦に
感動です。

おかげさまで元気になりました。
ご心配、ありがとうございました。
2007/05/25(Fri) 20:06 | URL | syomin1 | 【編集
>ちゅうさん

そう言えば、ちゅうさん、どこかで
そんなこと書いてましたね^^
かみさんに内緒でこっそりと(笑)
楽しみにしてます^^

映画、わたしはここしばらく見てないわ。
見たいな、と言うのがないのも事実なの
ですが。
あ、硫黄島をみのがしちゃった^^;
ちゅうさんは何の映画を見てきたのかしら^^

わたしはもう12時も過ぎて明朝は自分の
弁当作りで6時起きなのに、こんなこと
やってます、笑うてくだされ^^

>nakayamaさん

いつどこで?のヒントはビアハウスにある
ような気がします^^

女性のみならず日本人がポルトには当時
いませんでしたね。
ですから今ではポルトの生き字引という、
あまり嬉しくない名前をいただいてます^^;

そうしてみると、ポルトガルでのあの頃の
ことをあまり綴っていませんね、わたし^^;
もう30年近くも前とは言え、遠く離れている
日本とは違い、まだまだ身近なことのように
感じられて、筆がいまいち滑らないようです(汗)
ここで起こった喜怒哀楽の怒哀の部分は
誰にも愚痴れませんでしたね^^;
そのうち、ユーモアまじりでシリーズを
始めてみましょうか^^
ポルトガル太平記とでも題して(爆)

わたしもnakayamaさんと同じように、いまいち
馴染んでいるとは言えないところの方が多いです。
でも、もう帰るところがないのですよ^^;

ところで、nakayamaさんのご家族は、その後
いかがですか?


>syominちゃん

おおお、お出ましなされた^^
いつの間にか28年もたって29年目に
入ってた^^;

スマートだった亭主もお腹がポコン。
一言うっかり口を滑らすと「ボクのこと、
言えますか」って、こ憎ったらしい^^;
言わんでもええ~、です。

わたしも29年前は細かったけど、syominちゃんは
それを上回ります^^;
頑張ってもうちょっと太ってや~。







2007/05/26(Sat) 08:52 | URL | spacesis | 【編集
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