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2007年6月12日

3時半の予約で今日は早めに家を出て、車を飛ばし主治医の歯医者
さんとこへ行った。
「お!今日はまだ誰も患者さんがいないではないの。」
これだと、一番に診てもらえるとほくそえんで、診療所の呼び鈴を
押した。

看護婦のドナ・ジュリアが出てきた。すると彼女、

「あら、歯が痛んだの?」と聞いて来た。
わたし「ん?い、痛んではいないけど、どうして?」
ドナ・ジュリア「ドナ・ユーコ、あなたの予約は一週間あとの火曜
        日よん^^;」

ええ~!待ってよ、待ってよ^^;
どうもこの間から、することがめちゃくちゃです、わたし@@
こりゃ、大分疲れてる。
元々が機械操作に全く弱いわたしである。それを恐ろしいことに、
一人、エクセルの書類作成に挑戦してみた先週の数日で、どこか
もう一本のねじが緩んでしまったようだ^^;
後遺症をかなり引きづってます(笑)

さて、6月6日に書いた、三歳の時の行方不明の話ですが、「裏の
田んぼのず~~っと向こうにある墓地」の「裏のたんぼ」とはこん
なところです。
春に帰国した折、我が妹が持ち出してきた半世紀ほども前の古い写
真の一枚。クリックすると拡大できます。

         吉崎三姉妹

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ー続きはここからー

我が故郷の友たちには分かるであろうが、彼方右に突き出て見える
のは「仏舎利塔」である。

写っているのは、我が祖母タマばぁちゃん、後ろの三姉妹が向かっ
て右から我が母、その横の二人が叔母たちの若き日の姿だ。
左が姉妹で一番下の、わたしが中学時代に一時期大阪で一緒に住ん
だ叔母で、わたしはこの叔母にとてもよく似てると言われたもので
ある。

左端に移っているぼうずは、もう何十年も会っていないわたしの
従兄妹。
下町のタマばぁちゃんのうちは大所帯で、少なくとも4家族が同居
していたのであった。
この従兄妹の家族はその一家族だ。

こうして改めて今、昔の写真を見ると大きかったと思われていた
小川、なんとまぁ、ちっこいこと!
川に渡してある板橋に腰掛けて、妹と二人水草を引っ掛けて遊んだ
遠い夏の日々。
この川の辺りでたくさんの蛍をとって持ち帰り、蚊帳の中に離して
ひと時の夢に浸った遠い夏の日々。

わたしは今でもカナヅチだが、浅いこの川底に両手、腹をついて
(笑)泳ぎの真似の如きをして、得意がったものだ。
田んぼの向こうにうっそうと茂る林の辺りが墓地になるのだが、
小学生の頃はからになった炭俵を背負い、この田んぼを通ってでは
なく、表通りの道からグルッと遠回りしたところにある坂道を上り、
薪の燃料となる落ちた杉の枯れ枝を、拾いにやらされたものだ。
炭俵を背負うと服も手も腕も黒くなり、子供心にもあまり好きでは
なかった。

この写真を見ても思うのだが、広い田んぼを越え、恐らくは崖を
よじ登りでもしないと辿り着けない墓地まで、三歳のわたしがどう
やって行ったのか不思議でならない。

今と違い、町内同士親も子も顔見知りであったあの時代に、昼日中
誰の目にも触れず二人の幼児が誰かに手を引かれでもして行ったの
だろうか。
いくら、記憶を掘り起こそうとしても三歳のことでは、掘り起こし
ようもない。
この写真にあった田んぼも川も、この春、みぞれの降る中、同窓生
のタコ君の車で40年ぶりに訪れたのだが、今ではつぶされて跡形
もなく、あたりは新興住宅街になっていた。

わたしの左耳にある、ちょっと見では他人に気づかれない小さな
耳穴は、今ではこうやって家族の笑いのネタにされてしまったが、
本当のところは、どうにも分からないのである。

「is your mother ok?」
娘の米人教授の声が、また聞こえてきそうだ。



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