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2007年8月6日

今から62年前の今日、人類で初めてアメリカによる原爆投下実験
が広島でなされました。
あれがなければ日本はもっと悲惨な敗戦を迎えたのだと言う考えを
植えつけられてきた終戦2年後に生まれたわたしですが、今ではその
教えは何かの誤魔化し論だと思っています。

努力するものは報われ、真実なる正義が最後には勝つ新世界大陸
アメリカへの憧れも、年を経るにつれて色褪せ、若い頃自分が夢
見たアメリカの姿は幻影だったのではないかとふと思ったりする
この頃です。

その決議案の内容確認をすることもなく行われた今回の米下院慰安
婦決議案採決(決議案の共同提案者は下院議員総数435人のうち
167人に上ったものの、決議案が採決された際に本会議場にいた
のは、わずか10人程度。発声による投票の結果、出席者から異論
は出なかったため採択された。引用
)には全く失望。
アメリカの変貌を見る思いです。
否、アメリカは元々確固たる表裏の顔を持ち非常に利己的な裏面は
うまい具合に隠してきたのか。
否、日本がこの30年で変わったようにアメリカも変わったのか。
単細胞のわたしに分析できるわけもない。

いくら平謝りし補償金のごときものを渡していても日本政府は謝罪
していないとアメリカも含む隣国になじられているわけですが、勝
てば官軍で戦勝国が犯した人類への悲惨な悪行にはそ知らぬ顔。
今もってあれは正しかったなどと信じる人の言を聞くと、憤懣やる
方なし。
それで時々思います。日本もいい加減堪忍袋の緒、キリナサイ!

さて、昨日の影絵の続きです。
いくつかの作品の中に、広島の原爆被害を扱ったものがあります。
正直なところ、発表するにあたり少し躊躇してわたしなりに考え、
子供達とも少し話し合った作品でした。
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ー続きはここからー

クリスマス・コンサートは子供達の保護者だけではなくポルトガル
の知人友人も誘っていいことになっています。
ポルトガルは国内での空爆や他国軍の侵入などの戦争被害経験を持
たない国。
一般的にポルトガル人の大人の間では「Hiroshima」の名前はよく
知られていますが、学校の国語教科書などで、戦争に関する話がと
りあげられることはほとんどありません。
これは小学生では我が子たちが通ったブリティシュ・スクールも
そうでした。

日本はその点、違います。
「ちいちゃんのかげおくり」「ひとつの花」「石臼の歌」「大人に
なれなかった弟たちに」「字のない葉書」と、小学低学年から中学
まで一貫して国語教科書の中には必ず戦時の物語がとりあげられ
ます。わたし自身は、戦時中体験はないのですが、戦後間もなく生
まれたのですから、今からはとても想像できない貧しい日本の中で
生きてきたことになります。
少しはあの当時の大変さが分かるのですが今の子供達にそれを想像
せよ、とはなかなかに難しいことでしょう。
今日の平和や豊かさが、こういう過去の歴史によって作り出された
ものであるということを、少しでも理解してもらうことは、とても
大切だと思い、国語でのこのような物語には、思わず力が入ります。

広島を取り扱ったこの話は中学校の英語の教科書「A Mother´s
Lullabay」という簡単な英語で書かれた物語を、わたしがシンプル
な日本語訳をして、上映しました。

シナリオはまず東京を出し、BGMの「耳をすませば」の「カントリー・
ロード」に乗って新幹線が出発。
途中東京の夜景、富士山、姫路城、そして広島駅に到着します。

そして、非常にスローテンポなナレーションで始まります。
これは観客が日本語をきちんと聞き取って理解できるために、また
スクリーンの裏で子供達が場面場面の人形や絵を出すのに、多少
時間がかかることも考えています。

広島駅に着いたところから、影絵の主な部分だけピックアップして
ナレーションを文字再現してみました。
貼り付けたセロテープやらストローなどが見えますが、スクリーンにはこういう部分は写りません。
楽屋裏ですね(笑)安心してベタベタ訂正や貼り付けをしています。

★影絵はこちらです。
 ブログアップロードがうまくできず、我がHPサイトに載せました。
 spacesisの影絵劇場「子守り歌

この影絵に出てくる「古い大きな木」は、今もわたしのスクリーンに貼り付けたまま保存して
います。折って保存するにはもったいなくて(笑)。苦労したのです、この木を作るのに。

今日は広島、長崎の被爆者の方たちの慰霊のために、ささやかながらこの影絵を捧げたいと
思います。


また、下記で「火垂の墓」ドラマ版を少しみることができます。
どうぞ見てください。
わたしたちが今どんなにか平和な生活の中に身を置いているかを、噛み締めてみたいと
思います。
★YouTubeドラマ版「火垂の墓」(原作:野坂昭如

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コメント
毎年、原爆の日になると
日本人は反米でなければいけないと
あらためて思うわけですが
アメリカという国は建国からして
原住民を大虐殺してできた国なので
やっぱり人殺しの集団の末裔なのではないかと
終わらぬイラク戦争やらアフガニスタンの情勢
やらを見てなんともいえない気分になりますです^^;

従軍慰安婦の軍による強制連行というのは
証拠がはっきりしてないんですよね?
それなのに日本政府は過去に河野談話やらで
謝罪してしまって、今回安部総理もそれを踏襲というのはちょっといただけない^^;

アメリカ人のジョセフなんちゃららが
原爆は戦争を終結させるために必要だったとかいう
発言には日本政府として容認してしまう....

なんなでしょうねこの国は^^;
お国の為に死んでいった人たちが
草葉の陰で泣いていることでしょう^^;

2007/08/07(Tue) 16:25 | URL | ぎたれれ | 【編集
国語教科書で扱う反戦教材は、心に残るものが多いですね。
「大人になれなかった弟たちに……」や「字のないはがき」
などは、何度読んでも涙が出ます。
「パール・ハーバーの授業」(猪口邦子…政治家になって
からの彼女はあまり好きじゃないけど…(^^;)、「アイム
ソーリー」(吉屋敬)なども、日本人を国外から見る、と
いう意味で、考えさせられた教材でした。

何もかもがアメリカナイズされていく戦後の繁栄の中で
育った私たちにとっては、アメリカは、本当に長いこと
憧れの国でしたよね。
戦争のむごさを学び、戦争を否定する気持ち、平和を愛する
気持ちは育っても、原爆を落としたアメリカを批判すると
いう気持ちには、なかなかつながらなかった…。
ベトナム戦争の頃は私は幼すぎたので、アメリカの正義が
おかしいとようやく気づきだしたのは、私の場合、湾岸戦争
の頃からでした。
今思えば、アメリカ主導の戦後教育の中で育ったからなの
だとわかりますけど、自分が信じていたものが、そういう
政治的な策略の一環だったと思うと苦々しい気分です。

8月6日は、広島在住の陶子さんや、
http://ikimasuwayo.at.webry.info/200708/article_3.html
広島育ち(今も在住?)のノロさんが
http://noro-genki.seesaa.net/article/50494708.html
原爆関連の記事を書かれていて、やはりヒロシマの人は
思いの深さが違うなと、改めて感じたことでした。
広島や長崎以外の人も、本当はもっともっと、原爆忌に
敏感にならなければいけませんね…。

影絵劇場「子守歌」のページ、拝見しました。
被爆者の方たちの慰霊のために影絵を捧げる…という
spacesisさんのお心、尊いことだと思います。
私自身は、どうも社会的な発言が苦手でいけません…(^^;)
2007/08/07(Tue) 23:04 | URL | ミセス・かんちがい | 【編集
>ぎたれれ君

世界のどの大国も繁栄は流血の上に立っています。
アメリカほどではないけれど、日本も過去に於いては
アイヌ民族虐殺の歴史を持っていますし、イギリス、フランスだって
昔は植民地で随分あこぎなことをして来ていますよね。
これはもう米国人日本人の国民性などではなくて、哀しいかな、
カインとアベルのその昔から、利己主義な人欲望が生み出す人間の
業だと思います。

何時の時代も地球のどこかで戦争がある。
日本のメディアではあまり取り上げられないでしょうが、
ジブラルタル海峡を隔てた海の向こうがアフリカ大陸という
ポルトガルでは、アフリカにある国々の悲惨な争いの情報が
しょっちゅう入ります。
アラブ諸国の問題も毎日毎日夕食時のニュースで流され、見ていて
もうどうしようもないな、がわたしの感です。

私自身はなにもかもダメ!と言う反米反中というような思想は
あまり持たないのですが、「これだからやっぱりアカンやないか」と
気が重くなるのです。それで日本もいい加減
派閥争いで細かい
ことばかりに目を捉われず、もっと大局的な政策を見据えていかないと、
と、反○よりも日本人自身が日本の将来について考えるべきだと思うのです。

日本は戦後、アメリカにおんぶにだっこ、国防はあちらにお任せで
技術経済に没頭できたのですが、これくらい大きくなってきたら
自分で考えて行かなければならない。ところが今までの依存症から
多くの人たちは抜け出せないでいるのではないか。自らが考える力を忘れて
しまってのではないか。そんな気がしたりします。
みんなが楽をしての改革はないのですものね。

つまんないことで人の足ばかりひっぱってやんややんややってるのを
見ると、これ、大の大人がしてることかとホンマ、情けのぉなるわ^^;

安倍首相の踏襲もちょっとわたしはショックやった・・・
でも、キャリア組みでがっちり固めてる政財界、あの若さできっと
いろんなしがらみがあるんやろうな、安倍首相の困難な立場に
思いを馳せて、ここで踏ん張って欲しいと思っています。

戦争はもちろんんあって欲しくない。
でも、平和のお題目だけで運動していたのでは亡国。
そして世界平和というのは机上論であると今のわたしは思っています。

一年に一度でいいから「車を使わない日」みたいに(ヨーロッパではある)
地球の隅から隅までこの一週間は争いごとをしてはいけない、みたいな法則ができないかな^^
2007/08/08(Wed) 19:33 | URL | spacesis | 【編集
>かんちがいさん

「パールハーバーの授業」と「アイアンソーリー」は光村では扱ってなかったように思います。それで、題はどこかで目にしたのですが、残念ながら読んでいないのです。
う~ん、読んでみたいなぁ。

その話は海外子女達の、特にアメリカ、イギリスでの現地校の歴史授業での日本人としての体験を書いたものでしょうね。

娘にも日本と韓国との歴史にからんだ苦い体験があります。まだ一度も取り上げていませんでしたが、戦争というものを静かに考えさせられるこの8月、思い切って書いてみようかしら・・・

国語授業のそのような単元では、わたしはよく脱線して、自分が見聞きしてきた話に逸れます。本人の言によれば「鉄砲玉を自分でナイフでくり貫いたのだ」という父の腕の古傷の話、母から聞いていた、わずかの食料と交換にきれいな着物を何枚も持ち出して農家へ頼みに行ったこと、騎馬隊だった祖母の長男が戦死して祖父がめっきり老け込んでしまい早死にしたこと等等、そういう話には子供達は真剣に耳を傾けます。
教科書の話ではない、本当にあったことなのだとの実感があるのでしょうね。

わたしの子供の頃から、30を過ぎてやっと長年の夢であったアメリカへ渡り、その後ポルトガルに来てからもずっと、アメリカはわたしの憧れの国、好きな国で来ました。
もちろん、最近はあんなこんながあるから、もう嫌いだなどではなくて、世界の貧しい人々をも惹きつけるアメリカの魅力が当時はあったのではないでしょうか。

日本も、わたしが離れてから、礼儀を重んじる勤勉な日本人、世界一治安がいい国、教育熱心な国、豊かな伝統がある国、とずっと自慢でした。

それが近頃は一体どうなってしまったのか、
民度が低いと隣国のことなど言ってる場合ではないと思われるのです。
己の姿を鏡に映してみたら、大差のないことに愕然とするかもしれません・・・

広島原爆記念館に入った経験は、わたしに日本人として、原爆投下を実行したアメリカの行為に疑問を持ったのですが、だからと言ってアメリカは嫌いだというところへ辿りつきませんでした。

小児麻痺後遺症を克服しながら大統領職をこなしたルーズベルトを、わたしは数年前まで素晴らしい忍耐力と責任感実行力を持つと尊敬に近い気持ちを持っていましたが、第二次世界大戦中のことを色々読むにつけ、その人物像には失望。つくづく表向けの話だけでは人は信頼できるものではない、幾つになっても色々学ばされることがある、と。

私自身も勘違いさん同様、社会的発言は苦手です。うっかり勘違いしてるところもたくさんあると思いますから^^;
語彙力も足らないしw
たまに、言いたくてたまらん、というときにしか、とてもとても書けません。

陶子さんのブログ、行ってきました。
彼女の視線も文も、切れますね^^

ところで、かんちがいさん、お姑さんの絵、
いいわねぇ、ゲットして(笑)
きっとね、結婚式のころまでに整理がついて
出席してくれますよ。
なんと言っても初めての孫の結婚式ですもん。お姑さんのような、今のわたしたちからみたらガンコに思えるような考えを持った人たちは必要だと思います。私自身はそうなれないけれど(笑)なんでもかんでも許してしまう私達のような甘い親は、少し見習うべきなのかも知れませんね^^;

2007/08/08(Wed) 20:19 | URL | spacesis | 【編集
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