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2007年9月28日

久しぶりに帰国子女日本語物語です。

時々わたしがお邪魔するブログに「砂漠が美しいのはどこかに井戸
を隠しているからだよ
」という、現在アメリカに滞在している方の
サイトがあります。
二人のお子さんのことを書いてらっしゃるのですが、そこへ立ち寄
ると、わたしの子供達が小さかった頃のことと色々重なる出来事が
あり、懐かしい気持ちで読み「がんばってね^^」と密かに応援
して帰ってきます。

先ごろ「スクールバスの悩み」という記事を書いていらしたのです
が、それを読み、いやいや、わたしたちも、ほんと、子供達の通学
に骨折ってよくもまぁ17年も続いたものだと我ながら今頃感心。
その送迎をしていたころは、そんなことには頭も回らず、毎日毎日
ただ必死に朝と午後の送り迎えを繰り返していました。
ある日ハッと気がついてみれば、なんとまぁ、何時の間にやら通し
で17年間の送迎を続けていたのでありました。
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ー続きはここからー

17年間というのは、息子と娘の年齢が6歳離れているので、彼らが
通ったBritish Schoolを上の息子が出てもまだ娘があと6年あった
のです。
幼稚園に2年間、小中学部が9年間です。

我が家からBritish Schoolまでは、自動車道路が整った今なら車で
20分くらいの距離ですが、子供達が通っていた当時は、自動車道路
もなく市内を通るのでラッシュアワーにまともにぶつかり、それは
もう大変でした。
あちこちの、「知る人ぞ知る抜け道」を通れども、ゆうに1時間は
かかり、親達は悲鳴をあげたものです。

9時から始まる学校、早く出ても遅刻ということはよくあり、子が
学校に遅れると学校から引き返して職場に向かう親も必然遅刻^^;
この朝のストレスたるや、よくやったものだと今にして思います。

日本で運転免許証など持っていなかったわたしが、British School
に子どもを入れるなら「君、免許とりなさい!」と恐ろしいことを
夫に宣告され、一時帰国を利用して仕方なしに日本で自動車学校に
挑戦したのは30も半ば過ぎていました。
元来が運動神経の鈍い方、いやいや、若い人たちがかける費用の
1.5倍はかかりましたです、はい^^;

そうしてなんとか晴れて取れた免許、運転暦はというと試験の時に
外を走っただけ。
それで、国際免許証に変えてポルトに戻ってきたのですが、今度は
運転席が逆のポルトガル、おっそろしくて、ハンドルを握るのも
イヤでしたね。
それでも必要に迫られてどうしても車を走らせざるを得なかった。

話を戻しまして。
朝午後と夫は両方はできない。
午後の定時に迎えに行くのはわたしの役目です。
学校は子供一人で校舎から出ることを許可しません。
徒歩で通える生徒は、それでも中学生で学校が発行する通行パスな
しではダメ。そして、親が迎えに行くのには、この時間まで、と決
められています。

朝の通学は、比較的近距離内に住む4家族が(学年もそれぞれ違う)
グループを作り、夫たちが1週間の当番制を組みました。
皆が集まりやすい場所というので「サン・ジュアン病院集合」です。
全員が到着して、みな1台の車に乗り込み、当番の父親が数人の子
供達を運びました。

最初は4人の子どもだったのが、その兄弟たちも通学するように
なり、1台の乗用車に子どもだけで6人7人となり車の中は子どもの
顔だらけ!
小さい子は大きい子の膝にのるのです。これは今ならできません。
乗用車に乗れる数が定められていますからね。
でも、あの頃はまだそんな規則がなかったのです^^ 今思うと
ちょっとぞっとしますが、幸い一度も事故が起こらずに来ました。
当番の父親は、さぞかしうるさかったことでしょうね。

帰りも母親同士で当番を作っていたのですが、わたしは加わりませ
んでした。
なにしろ、運転自信がなく、自分の子どもならまだしも、よそ様の
子どもを同乗させて、万が一のことでもあったら、取り返しがつか
ない。迎えの役割を親として毎日黙々とやりましたw
子供達が学校にいる間は、こちらも通信教育の手伝いの準備です。
その17年間は日本語教室を広げたいと思ってもできませんでしたね。

実は親達はスクールバスの要請を何度か出したのです。
が、これも考えてみると、なかなかに大変そうだとわかりました。
比較的近距離の子どもはいいのですが、遠距離は一番最後です・・
他校のスクールバスを利用している親達の「車で行ったら10分ほど
の距離が、1時間ときには2時間かかって帰宅する」との話も聞いて
いました。

往復の通学に順調に行って2時間もかけるのは得策ではない、まし
て、我が子たちは、補習校の予習宿題、さらに海外子女教育財団か
ら通信教育も受けており、これを毎月期日に合わせて郵送すること
になっているのです。
親が頑張って迎えに行くか、子どもが疲れて帰るか、どちらかです。
迷うことなく毎日迎えにいくことをとりました。
そうなると車も1台では間に合わない。
結局車はもう1台中古車を買うことになりました。

この頃は、お金がいくらあっても足りなかったですね^^;
しかし、こうして親も辛抱してがんばることによって得たものも多
くあったように思います。

続きます。

下はあの頃の子供達制服姿。
子供達の制服姿


★スペインガリシア地方のサルガデロス磁器をアップしました。
 どうぞ。

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コメント
久しぶりのカキコ^^
子どもを育てている間は、本当に無我夢中で、
毎日毎日、必要に迫られたことをこなして…
後から思うと「我ながら よう頑張った!」と
思うことが本当に多いですね^^
日本での平凡な暮らしでもそうだったのですか
ら、spacesisさんのご苦労は、並々でなかったと
思います。
子供を守ることは手を抜けませんしね。

まあ、若かったから頑張れたということもありま
すけど、今だって、もしまだ手のかかる子が家に
いたら、母親としては頑張るしかないし、きっと
頑張っているんだろうと思うんですよ。
…そう考えると、子どもって、すごく力を引き出
してくれる存在だったんだな~と思います。

車の免許は日本で取ったのですね。
その奮戦記だけでも1つのエッセイになりそう…^^
しかし、殆ど路上運転の経験なく「国際免許」って…
恐ろしい~~!(笑)

制服(祭服?)姿のお子たち、可愛い♪
お二人とも、表情がspacesisさんに似ている気が
しますよん^^
2007/09/29(Sat) 23:54 | URL | ミセス・かんちがい | 【編集
免許、大変だった^^;
>かんちがいさん

お察しの通り、免許取るの、大変でした^^;
それも妹宅のある所沢ではなく、実家も何にない
大阪でとりました(笑)
7ヶ月滞在しましたよ、そのときは。
免許をとるのに7ヶ月かかったのかって?!!
いえいえ、なんぼなんでもそれはないでしょう~~(爆)
確かにこの頃のことも書けそうだわw
歳とってると、何ぼでもネタが出てきますねw

「祭服ってなんでんねん~、かんちがさん」なんて笑ったら、
なんのことはない、いつもの自分の誤字でしたっけ(爆)
ありがとうございます^^

ほんとに子どもを守るのは、また子育てもあまり手を
抜けませんね。
人様のことを言えたギリではありませんが、最近は
子どもより自分が第一と思われるような親の姿を
よく見かけますが、いいのかなぁ、それで^^;と・・・

ところでかんちがいさん、近ごろおいしいもの、
食べまくってますね(笑)
2007/09/30(Sun) 17:40 | URL | spacesis | 【編集
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