2007年9月30日

今日は、以前帰国子女シリーズのところで少し触れたことがある弁
当について。

今でこそ、時に夫がわたしより先に起きたりなどして、パンとカフェ・
コム・レイテ(カフェオレ)の朝食をさっさと自分で作り、ナマケモノの
妻は少しゆっくりした朝ですが、(あ、それでも毎日午前の日本語
教室がありますから、寝ほうけてはおりませんよw)、子供達の弁当
つくりも何年も続きました。

幼稚園は12時半まででしたから、弁当持参はないものの、行ったと
思ったらもうお迎えの時間です(^^;)
息子のころは、わたしがまだ車の免許をもっていなかったものですか
ら、たまたま近所にひとりだけBritish Schoolに通っていた人がいた
ので、その方に暫らく便乗でした。

O.B.S.(Oporto British School)でカンティーン(食堂)ができたのは
ずっと後年です、(私達はほとんど利用しませんでしたが)小学校か
らずっと9年生の中3まで、毎日の弁当は、さすがちょっとイヤになった
りしましたね(笑)

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ー続きはここからー

他の子供達はどうだったかと言うとサンドイッチ持参か、親が時刻を見
計らって学校へ届ける。遠距離のうちはそんなこと、やってられません。
必然、冷めても食べられる日本式のお弁当です。
ところが、できあがりの惣菜など皆無のポルトガル、日本式のお弁当
もまず食材がない(爆)

あーー!そう言えば思い出した!この15年ほどずっと出張販売でマ
ドリッドから日本食品をあれこれ運んでくれてた「東京ヤ」さん!今月
でお終いになったのでした(涙)
もうほんっと、悲しい思いです・・・

話、戻り。
この弁当のおかずには色々苦労しましたが、結局わたしは開き直り
ました。ないものは仕方がない。作られるものと言えば知れてる。
世界には食べたくても食べられない人たちもいるのだ、我が子たちは
食べられるだけ恵まれているというもの。
あれこれ栄養のバランスを考えろ、料理法を工夫しろっつったって
お子様教育はごめんだ。
第一、わたし自身、子どもの頃は栄養のバランス云々どころか、貧し
い家で育ち、その日食うのがせいいっぱいの生活だった。
栄養が偏って病気になったか?勉強ができなかったか?やる気が
なかったか?どれも否!今が贅沢すぎるのだ。
弁当箱
↑あの頃、よく使った子供達の弁当箱。

というわけで、定番弁当、別名「yukoの万年弁当」、つまり毎日同じ
中身の弁当となりました(笑)

万年弁当のお品書き(爆)

1.ごはんにふりかけ、もしくはおにぎり
2.とりのささみのから揚げ、(これは時にはチーズ入りだったり、
  から揚げでなくてコロモがついたり)もしくは一口トンカツ。
  (このトンカツもパン粉がなくて苦労したのだw)
3.玉子焼き、もしくはミニソーセージ」
こうして見ると、やはり野菜が足りなかったw。子供達がカレーを除い
て野菜を食べるようになったのは、ずっと後になってからです。

時には、豪華に寿司なども^^
海苔つきのおにぎり、巻き寿司は始めのころ持って行くとクラスメー
トから「黒い紙を食べてる~」とからかわれたようだが、なんのなんの、
これでストップするおっかさんではありません(笑)

からかわれるのがイヤで、もしかしたら、わざと残したことが数回あ
ったかも知れません。でも、お腹が空くのだもの、背に腹はかえられ
ない、結局食べるはずです^^
そのうちに、クラスの一人が興味半分で、
「黒い紙で包んだロール巻、食べさせて」と来ました。
それが意外と口にあったようで、以来、巻き寿司弁当の時は必ず
おすそ分け。

やがてその弁当日には、「今日は○○と、○○にお寿司あげたから、
足りなかった」などと子どもが言い出し、寿司の日には多めに作って
持たせるようになりました。
しまいには、寿司が好きだというイギリス人の先生も出てきて、お届
けしたことも(笑)

この弁当作りからわたしが開放されたのは、子供達が9年生を終え
てOBSからポルトガルの私立高校へ移るまで続きました。

帰国子女物語、今回はもう少し続きます。

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