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2007年10月9日

お!今日はフランス語じゃん(笑)
spacesisさん、再来週からパリへ行くからって、フランス語にせっせと
取り組んでるのって?
い、いや、そんなスーッとは行きませんですよ(笑)

今日もメッセンジャーでモイケル娘に
「フランス語、とても間に合わない」と話したら、
「おっかさん、コマンタレブ~(=ご機嫌いかが?=コンニチハ?多分)」と
「ビエン・メルスィ(=はい、元気です。ありがとさん)だけで行け。」
って(爆)
モイケル娘の方が、小学校で少し勉強したのでまだいくらかできます^^;

昔、ポルトのリベイラにある土産物店で買い物をしていたら、フランス語
で二人の年輩女性観光客に話しかけられ(フランス語と分かったところ
がエライでしょ?笑)、わたしが手に持っていたものを指差して言うもの
で、これをどこで買ったか?と聞いているのは分かりましたんですが、
その時のわたしの返事、我ながらこれがスゴカッタ!

ポルトガル語もフランス語もラテン語が語源、通じるだろと、
「ノン・ファ~レ・フランセ(ちょっと最後がしり上がりw)」と
フランス風に発音してみた(爆)
ご婦人方は目を白黒させておりましたが、わたくし、
「なんだ、フランス語を話そうと努めてるのに理解する気がなけりゃ、
わからんぞ」くらいの強気で二度リピート(爆)

夕食時にその日の出来事をモイケル娘と夫に披露したら、

娘「おっかさん、それ、なんでんねん@@全くなるポルトガルじゃん。
  falarはフランス語ではparler! je ne parle francais(cの下に
  ニョロの記号がつく)だよ^^;(間違ってないかな、フランス語w)

道理で通じないはずだった(爆)夫はニタリとしておりましたです。
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ー続きはここからー

そうしてみれば、遠い昔にも似たようなことをもうひとつしているので
あった。今思い出せば赤面も赤面、穴があったら入りたいくらいのこ
とをやっております。そしてこれは、家族にも話したことのない、披露
するのが初めて(笑)

大阪の阿倍野中学にいたころのこと。
クラスの見学旅行の帰路、車内でみんなマイクを回してなにやら歌って
いたのです。もちろん今のようにカラオケなどない時代で、音なしです。
突然転校して間もないわたしに回されたマイクを手に、堂々と歌った
のが「I left my heart inSan Francisco」(トニー・ベネットのヒット
ナンバー「思い出のサンフランシスコ」)。

歌ったはいいものの英語の歌詞はその頃まだ知らず・・・
舌を転がして滅茶苦茶語でやってのけたツワモノでありました(大汗)
いったいどこからそんなクソ度胸がでるものなのか、自分でも気づかな
い瞬時にやってしまうところがあるようで、いやはや、後でしきりに後
悔する困り者ではある^^;

前置きがすっかり長くなりましたが、今日は実はこういうことを書きた
かったのです。以下。

行く先々でヘンチクリンなことをしでかしては、周囲から「慌て者」「お
気楽奥さん」「粗忽者」「天然ボケ」と色々別称をいただいているわた
しにも、失意の時代はそれなりにあったのである。

狭い日本を飛び出してアメリカへ移住しよう!と決心し、梅田新道の
アサヒ・ビアハウスで歌い出すまでの1年ほどだ。
20代半ばをちょっと過ぎたこの頃は、読書と音楽にのめりこんでか
なり孤独を愛した(^^;)時期である。
わたしはテレビというものにさほど魅力を感じず持たなかった。
時間があれば、ポチという名のトラネコを相手に、専らステレオで音
楽をただただ楽しんだ。

わたしの孤独の友となったLPには、幾度も繰り返し聞いた数枚がある。
「ジョン・デンバー」「スティーリー・ダン」「中山ラビ」「ジョルジュ・ムス
タキ」「MJQ」「キャッツ・スティーブンソン」。
ジョルジュ・ムスタキのLPはアメリカまで持っていった。
ステレオなどないのに、である。だから、今でも手元にある。

もう一枚、あの頃のわたしの孤独を知っている3枚セットのLPがこれだ。
ピアフ2
かなりボロになっているが、全42曲が入っている。

高校時代には既にシャンソンに惹かれていたわたしは、ピアフの「愛の
賛歌」「バラ色の人生」を知ってはいたが、これらの甘い歌よりもピアフの
歌唱力をしてピアフその人を最も適切に
表現しているような歌、「群集」「アコーディオン弾き」「パダンパダン」等
をこのアルバムを通して知った。
ピアフは人生の悩み、哀しさ、喜びを主題にして歌う現実派シャンソン
歌手なのである。また、彼女の人生そのものが小説よりおもしろいシャ
ンソンそのものなのだ。

ピアフは非常に小柄で、黒いシンプルな衣裳を身につけて歌う。
が、舞台に出てきただけで歌う前から既に聴衆を征服したと言われる。

「Non,je ne regrette rien」はこのアルバムに入っており、当時のわた
しの孤独を大いに埋めてくれた一曲である。邦題は「水に流して」

いいえ、ぜんぜん わたしは何も後悔していない
私に人がしたいいことも 悪いことも

私は代償を払った、清算した、忘れた
過去なんてどうでもいい

私の色々な過去を束にして
永遠に清算してしまった
私はまたゼロから出発する


歌詞も曲も素晴らしいこの歌は、47才で生涯を終えたピアフの最後の
傑作となったのですが、恋の歌でもあるこの曲に、恋よりもむしろやり直
ししようとする人生を感じて、あの頃と同じように今でもこれを聴くと胸が
詰まりジンと来てしまう。

ピアフの生涯を描いた映画「エディット・ピアフ」が日本では上映中と
のこと。ポルトガルでは今年の春に上映され、日本に帰国中のわた
しは見逃してしまいました。
幼いころから大道で歌っていたピアフの歌唱力はマイクなしでも響き
渡り、聴く人を魅了してしまいます。
規格外の大天才、ピアフの人生に、お時間があれば触れてみませんか?

ピアフ3
パリ、オリンピア劇場コンサート時のピアフの楽屋。
       ピアフ1
        エディット・ピアフ1963年10月13日没

映画「エディット・ピアフ・愛の賛歌」公式サイト→http://www.piaf.jp/
またこちらでは映画のシーンが観られます。
バックに流れるのが「Non,je ne regrette rien」

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コメント
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2007/10/12(Fri) 13:09 |  |  | 【編集
私はフランス語さっぱり分からないので
「ウィ」「ノン」「サバ」「メルシー」だけで通してます。
ポルトガル語を勉強しているおかげで
文字を見て想像はできるようになってきたけど
発音は難しいですね~。
2007/10/12(Fri) 16:26 | URL | きゃしー | 【編集
>きゃしーちゃん

お!日本からですね^^
巻き舌が苦手なのでフランス語の発音はわたしもダメかも(笑)

フランス語の先生をしていた友人に出かけるまでに
二回ほど簡単会話の手ほどきをうけることになりました^^

その友人、てっきり英語とドイツ語だけの先生かと思って
いたら、なんと、フランス語が最初に教えた
科目ですって!

ところで、日本滞在、楽しんでますか?
2007/10/12(Fri) 22:47 | URL | spacesis | 【編集
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