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2007年11月6日
カーテン無残

パリ旅行記事が何ゆえこんな写真で始まるかと言いますと、木曜日夜
旅行から帰宅してモイケル娘の部屋の電気をつけると、がーーーん!
ご覧の通り、留守中にカーテンによじ登ったヤツがいる!

5日間の留守中、5匹猫が自由に動き回れるスペースは、玄関ホール、
台所、息子とモイケル娘の部屋で、常日頃猫たちが日向ぼっこを兼ね
て集まっているわたしたちの部屋は開かずの間にして行ったのです。

犯人の見当はつく。1歳猫のゴローであろう。
何度か現行犯でとっつかまえていて、この部屋のカーテンはその都度
繕ってきたのである。

旅の疲れと、すぐ取り掛からねばならかった仕事の準備とで、だらし
ないけど3、4日ほったらかしでした^^;

人にお尻向けて知らん顔して外を眺めてるけど、こら、ゴロー!
他に花瓶も壊されてました・・・
お掃除のおばさんの話によれば、毎回ドアを開けるたびに玄関ホール
のカーペットがクチャグチャに丸まっていたとか(笑)
早朝5時前に家を出たので、カーペットを巻いて別場所に移して行くのを
忘れたのでした。

我が家の猫は、孤独を愛する動物ではあるけれど、意外と寂しがりや
なのですね。それで、飼い主が留守をすると、決まって腹いせに飼い主
の頭に来るようなことをしでかしてくれます。

今日やっと、この繕いができたのでした。

さて、パリ旅行記第一弾はなんと言ってもも凱旋門でしょう!
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ー続きはここからー

凱旋門1

凱旋門(エトワール)までは宿泊したホテルから徒歩15分足らずで行け
ました。高さ49.54m、幅44.82mの門で、エトワール広場の中心になり
ここから放射状に12本の道が走っています。
門内には路上からは入られません。地下道をくぐって入ります。
  
フランス革命とナポレオン時代の戦争がテーマの壁面の浮き彫りが
ある凱旋門は、1806年にナポレオンの命で着工されましたが、30年を
経た1836年に完成。その頃にはナポレオンは既にセントヘレナで
死んでおり、1840年に遺骸で凱旋。現在ナポレオンの遺体はアン
バリドに安置されています。

門の中央は第一次世界大戦で散った無名戦士の墓になっており、朝
夕、献花の簡素なセレモニーがあります。
凱旋門無名戦士墓地

↓下はセレモニーの準備のラッパ吹き。
凱旋門ラッパ

訪れた朝の時間にたまたま献花のセレモニーがありました。
第二次大戦の負傷兵と見られる片脚の人や脚をひきずる数人の
老人たちの献花式に出くわしました。
フランスの三色国旗を掲げて入門です。セレモニー時、ツーーリストは
全員門外に出されます。
凱旋門献花


フランスを訪れる外国の要人が必ずここを訪れるのは知られた話です。
凱旋門と言えば、わたしはレマルクの本「凱旋門」を思出ださずには
いられません。 
第二次世界大戦中のパリを舞台に、本国ドイツから強制収容所を逃れ
て不法入国し、闇の外科医として不安におびえた生活をするラヴィック
と天涯孤独の売れない歌手ジョーンとの恋を中心に、哀しい結末と
人々の不安と絶望の嵐の暗いパリにそそり立つ凱旋門でしめくくられ
るこの本は、我が青春の本でもあります。

この中で何度も出てくる林檎酒「カルヴァドス」なるお酒をわたしは
初めて知り、飲んでみたいと憧れ、フランスに行く知人に頼み、何本か
持ってきてもらっては大事に一人ちびりちびりと味わってみたもので
した。凱旋門は、わたしにとっては、ほろ苦くもの悲しい暗いイメージ
が拭えないのです。

下、右は1975年の6月、同じく凱旋門の前で。
この時は、一ヶ月の休職を願い出てケンブリッジで英語コースを取って
いた最中の週末を利用して、ディジョン市に住む、友人の知人で画家
志望の兄妹を訪ねた折、パリに寄った時の写真です。
パリ1975年

この写真と、一昨日載せた今回の写真と比べると、今はすっかりふっ
くらのわたしです^^
ミラボー橋の下をセーヌ川が流れるようにわたしの上にも月日は流れ
わたしは残っておりますな
(笑)
↑青の部分は、フランスの詩人ギョーム・アポリネールの詩「ミラボー
橋」の下の一節をもじったのであります(笑)
    ミラボー橋の下をセーヌ川が流れ 我らの恋が流れる
    わたしは思い出す 喜びの後には苦しみが来ると
    日も暮れよ 鐘も鳴れ
    月日は流れ わたしは残る


当時はパリの西端に架かったいたミラボー橋の近くにアポリネールの
アパルトマンがあり、女流画家マリー・ローランサンの家も遠くはあり
ませんでした。アポリネールはローランサンとの恋に破れた気持ちを
この詩に歌ったのでしょう。 ちなみにこの詩はシャンソンにもなって
います。アポリネールの詩がわたしは10代から好きなのでした。   

あら、これは凱旋門とは何の関係もない蛇足でありました^^;

長い記事になりましたが、今日はここで。

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コメント
あのころは~♪
あのころは~若かった~♪
と言う歌がありましたね。凱旋門の近くに行ったとき
歩道に10m位の間隔で自動小銃の兵隊がいたのには
びっくらしました。後、犬の糞にもびっくらでした。
2007/11/07(Wed) 19:30 | URL | テニスちゅう | 【編集
凱旋門賞
凱旋門といえば凱旋門賞です^^
日本馬では1999年にエルコンドルパサーという馬が
2着になってます^^
この馬のレースで1998年のG2毎日王冠というレースがあって
これは史上最高のG2と言われている
競馬ファンが遠い目をしてしまうレースで
そのレースでは逃げ馬のサイレンススズカという馬に負けてしまうのですが
その後、ジャパンカップG1、サンクルー大賞G1を勝ち
大活躍して凱旋門賞へと進んで2着。
一方サイレンススズカの方は毎日王冠の後、天皇賞秋で骨折してしまい安楽死。
もしもサイレンススズカが生きていて、
海外挑戦していたら歴史はどう変わっていたか!
とまぁ涙涙の話が凱旋門賞にはあるのでしたって、
全然、凱旋門賞には関係ないようなw
2007/11/08(Thu) 00:41 | URL | ぎたれれ | 【編集
>ぎたれれ君
あははは。

何が可笑しいかというと、「エルコンドルパサー」って名前!
スペイン語で「コンドルは飛ぶ」と言って、かのサイモンと
ガーファンクルも歌ったペルーの民謡です^^
なんちゅう名前をつけるねんw

競馬情報のそういう面白ネタ、書いてみたらどう
かしら?
エリート馬たちのその後の人生、いや馬生を
追ってみるのは
ちょっと興味がもたれる気がします。

競馬をあまり知らない人にも読めるように
コーナー作ってみない?^^
2007/11/08(Thu) 01:50 | URL | spacesis | 【編集
管理人のみ閲覧できます
このコメントは管理人のみ閲覧できます
2007/11/08(Thu) 03:24 |  |  | 【編集
こんにちは。
ヨーロッパはどこもあこがれです。 spacesisさんのブログを見て 旅行した気分になって楽しんでいます。
さて、事後報告ですみません。 ブログの記事内で spacesisさんのブログをリンクさせていただきました。 よろしかったでしょうか? もし不都合だったらおっしゃってください。

いつも楽しみに拝読しています。
2007/11/08(Thu) 16:14 | URL | かたこ | 【編集
遅れましたが、

お帰りなさーい^^;

ゆっくり記事を読ませていただきますね。


フフフ、
猫ちゃんたちに、やられましたね(゚ー゚)ニヤリ
けど、それがまた可愛いんですがね。

うちは相変わらず、
頭の黒いねずみが、騒ぎまわっています(笑)
2007/11/08(Thu) 22:18 | URL | マー | 【編集
>ちゅうさん
あ!ちゅうさんへのレス、忘れてました^^;
ごめんごめん。

そういえば、街中で長い鉄砲(名前知らんw)
提げてる警官見て、一瞬ぞっとしましたね。

そういうのに見慣れていないわたしたち日本人には、
とても違和感のある姿ですね。

犬のフンは今回もありました~(笑)
ブティックにもわんちゃんを連れて入ってる
マドモアゼル見ました。
2007/11/09(Fri) 07:34 | URL | spacesis | 【編集
>かたこさん

はい、了解です^^

アメリカのフロンティア精神に憧れてかつて
一切合財売り払って渡米したのですが、結局
ヨーロッパの端っこに居付くことになっていました^^

子育てが一段落したとは言え、わたしもかたこさんのブログ、色々参考になっています。


>マーさん

やられましたw
頭の黒いねずみって(笑)
このところ、マーさんのブログ、読み逃げばかりです。
でも、毎日お邪魔してます。

アキ君の成長がマーさんの日記を通してとてもよく分かります。
上手に付き合ってますね^^わたしがマーさんの立場だったら、
やはり同じような話し方をしたような気がします。

これからも仲良く二人三脚、頑張ってくださいね。





2007/11/09(Fri) 07:46 | URL | spacesis | 【編集
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