2007年11月15日
セーヌ川1
★遠くにエッフェル塔が見えるセーヌ川

11月に入ると、わたしの周囲の多くは、クリスマスプレゼントを早くも
探し求めて買い集める準備に入る。

ポルトガルでは、クリスマスプレゼントは恋人同士、家族同士だけでは
なく大人の兄弟、兄弟の子どもたち、いとこはとこ、祖父母、叔父叔母
また近所づきあいをしている中に子どもがいればそちらへもと、大変な
数のプレゼントを用意することになる。
更にこの時期は日ごろお世話になっている人たちにも、何らかの形で
感謝の気持ちを表す。
これなどは、言うなれば日本のお歳暮に比するだろう。
だから、ポルトガル人のボーナスの大半、いや、人によっては殆どが
このクリスマスのプレゼントに消えてしまうと言っても過言ではない。

あの人にはこれを、この人にはあれをと、喜ばれるような贈り物を選ぶ
のは、受け取る人の喜ぶ顔を想像すると楽しいことではあるが、実の所
並大抵でない。
ポルトガルではまだまだ金銭を贈り物代わりに、という日本の慣わしは
あまり馴染みではないのだ。
               
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ー続きはここからー

今でこそ、気候も変わり12月はあまり雨も降らなくなったが、わたしが
住み始めた頃の今から30年ほど昔のポルトは、朝から雨だったり深い
霧だったりして、そういう鬱陶しい天候の中、近くの商店街やダウンタ
ウンにあるサンタ・カタリナ通りに林立する店をあちこち覗いては、贈り
物を探し歩いたものだ。

その頃はどの商店街も土曜日は昼で閉店、日曜日はてこでも開けな
かった。平日も昼食の時間の3時までは閉店である。
仕事を持つ人は、必然土曜日の午前中にわんさか、クリスマスの買い
物にダウンタウンへ押し寄せることになる。

わたしたちもその例に漏れず、12月の土曜日は毎回二人でそぼ降る
雨の中霧の中、傘を差しながらサンタ・カタリナやブリャォン近辺の人ご
みの中を、贈り物を探し求めて何軒もの店を覗き、足が棒になるくらい
歩き回ったものだ。

プレゼントが決まると今度はレジに並ぶ列に入る。どの店も12月は
書き入れ時で店内はこれ以上人が入りきれないほどの混雑になる
のであった。

ダウンタウンは、通りもまた、まるでポルト中の人が一挙に街へ繰り
出したかのように、人でごった返し。
クリスマスイルミネーションの下を人並みは遅々として進まず、それでも
プレゼント探しに、老いも若きも、富める人も若きものも嬉々としている
ように見えた。

この15年ほど、わたしはこれらのプレゼントをダウンタウンではなく、
ショッピングセンターで買い集めるようになった。

大きなショッピングセンターは、昔と違いポルトに6軒以上はある。
殆どがダウンタウンから離れた郊外にあり、一階は食料品、雑貨など
を廉価で買うことができるハイパーマーケットと電化製品店その他多く
の店舗が入っている。

2階はファッション系でブティックや宝石店、River Woods、Zara、Mike
Davis、Revis Benetonなど国外の有名店がズラリ、所狭しと並んで、
若い人たちの購買欲を煽っている。
ここで手に入らないのは、わたしのような中年以上の女性向けの物で、
若い人たちには、有り余るほどの物が用意されているのだ。

3階は、わたしが常日頃から「巨大なダイニングルーム」と呼んでいる
お食事処。
マクドナルド、KFC, pizza hatを始め、ありとあらゆるファーストフード店
が軒を並べてひしめいている。
広いスペースを小さい映写部屋に区切って、7、8本ほど別々の映画を
それぞれの部屋で上映するシネマ劇場もこの3階にある。

雨が降っていようと、車があればショッピングセンターの無料駐車場に
入り、濡れることもなく用を足して帰宅できるのだ。
わたしは人ごみが苦手なので、買い物は人手の少ない午前中に済ま
せてしまう。これはまったくもって便利ではないか。
デジカメを持ってポルト市内を歩き回り始めた2年ほど前までは、この
便利さに浮かれ、街中へ出ることとはすっかり疎遠になっていたので
ある。

だが、待てよ?ひとつ、あれれ?と気づいたことがある。
かつては週末というと、夫の親戚やポルトガル人日本人の友人宅へ招
かれたりこちらも招いたりの付き合いが月に一度は必ず入ったものだ。
昼食に始まる食事会は、お開きになるのはたいがい夜で、週末の丸
一日をそうして旧交を温めたり、親戚同士の親交を深めたりしたので
あるが、ショッピングセンターが乱立するようになってから、そういう付き
合いがなくなってしまったような気がする。

つまり、誰もかれも「家族揃ってショッピングセンターへ」が、ニューファ
ミリーの一般的な週末の過ごし方へと取って代わったのである。
ポルトガルも確実に核家族時代に入った。

わたしがポルトに来た頃はまだ、所帯を持ち親と同居することは珍しい
ことではなかった。
わたしも夫の母や夫の叔母達と6年間は同居生活の経験を持つ。

夫の友人の家族や親戚との付き合いでは、狭い義母の家が週末は
人で満杯になり少し興奮して顔を紅潮させながら、手料理を運ぶのに
忙しく立ち回る義母の姿がとても印象的であった。
あの頃の付き合いというのは、わたしたちの友人のみならず、友人の
ご両親や夫の兄弟、親族の叔父叔母、従姉妹はとこも交わった、世代
の枠を取り払ったものであったのだ。

そのような食事会は言葉がよく理解できなかった当時のわたしにとって
苦痛なものもあったが、核家族単位では味わえないであろう、色々な
年代の人たちとの交流ができた時代ではあった。

夫もわたしも、1年のうちのクリスマス、復活祭、特別の週末を除いては、
がら空きの巨大なショッピングセンターを見ては、
「こんなに多くのショッピングセンターにいったいポルトガル人のいかほ
どが、金を落としていくのだろうか。」
といささか心配になっているのである。

賃金のいまだに低いポルトガル、これら6軒以上ものショッッピングセン
ターで消費される金は、いったいどこから来るのだ?

こんなことを綴りながらふと気がついた。
わたしも老婆心なるものを持つ年代に至ったのである(笑)
そして、「ポルトガル今昔物語」などと大それた題をつけられるほどに、
この国の地に根を下ろしたようなのである。

★写真集spacesisの歩くポルトの街:「ショッピングセンター」を見てみる。  
コメント
我が家の今昔物語
二人して出かけたドライブ旅行。家族で出かけた夏休み、冬休み旅行。今では、かみさんはお友達と海外旅行。子供は友人と海外旅行。ちゅうはと言えば、せっせと15分ぐらいで行けるテニスコートへ。
我が家の周辺も様変わり!大型ショッピングモールがあちこちに。周りの小さなお店はお客も減り寂れていくばかりです。5~6年前に駅前にあった小さな八百屋。買いに行けば良い形のものをより分けて袋に入れてくれたが、もうその店もたたんでしまった。ちょっとした会話も楽しかったんだけどね。人と人との繋がりが疎遠になっていくさびしい時代になりました。
2007/11/16(Fri) 07:36 | URL | テニスちゅう | 【編集
今は昔・・・
なんてことを口にするなんて、考えもしなかったなぁ。
テレビを見ながら、時々、
あら、この人も年取ったわね。」なんて言うと
夫がすかさず、「毎日見てる自分の顔は年取ってるのが
気がつかないからなぁ~」って言うのよ・・・
ぐやじいが、確かにそう^^;

マーケットやショッピングモールで色々なものが均一化し、
昔ながらの優しさというか奥ゆかしさというか、
そういうものが失われていくのは、とても残念ですね。

確かに新しい物は便利にできていますが、わたしはとりあえず
最初は抵抗してみるのです(笑)
パソコンもしかりでした。
これらの新しい波と言うのは、古いいいものを削除してしまう
性質があるように思われます。
日常生活のみならず、教育界もそんな気がしてなりません。

目新しいものは新鮮に見えますが、どっこい注意が必要です。
しかし、新しい波に抵抗するのには、大変なエネルギーを要しますぞ・・・
2007/11/16(Fri) 22:01 | URL | spacesis | 【編集
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