FC2ブログ
2007年12月2日
2006クリスマスツリー
★去年の我が家のクリスマスツリー

ここ数日○○忙しくて(^^;)静かに落ち着いた気分で日記が書けま
せん。そんな訳で今日は2年ほど前に書いた拙文を引っ張りだして
きました。どうぞ^^

♪When I was small,and Christmas trees were tall,
 we used to love while others used to play,
 Don't ask me why, but time has passed us by,
 someone else moved in from far away.

 Now we are tall, and Christmas trees are small....

ぼくが子供だった頃、クリスマスツリーはぼくの背丈より
大きかった。
周りで他のみんなが遊びまわっている時も、ぼくと君は黙って
見つめあっていた。 
           
僕らの間に時は流れ、
それからぼくらがどうなったか、なんてことは聞かないで欲しい。
ぼくらはいつの間にか大人になり、クリスマスツリーは
今ではぼくらの背丈よりも小さくなって・・・
                          (spacesis勝手訳)


ビージーズ、「Fisrt of May」の出だしです。
邦題は「若葉のころ」だそうで、子供の頃の切ない思い出をクリスマス
と5月の若葉の頃に寄せて、とても美しいメロディーで歌いあげて
います。

時節柄、クリスマスにまつわる思い出話をひとつ^^
そうです、クリスマスツリーが我が息子より大きかった頃の話です。
にほんブログ村 海外生活ブログ ポルトガル情報へ にほんブログ村 シニア日記ブログへ
にほんブログ村
ー続きはここからー

息子が生まれて6歳までの6年間を、わたしたちは夫の母親、そして
彼の母親の姉(夫の叔母)と共に小さな家に住んだ。

その頃は、クリスマスともなると、毎年生木の杉を買って来て、傾か
ないようにと色々苦心して大きな鉢に立てては飾りつけ、リビングに
置いたものだ。
12月も半ばころになると、クリスマスツリーの下は溢れるような大小
様々の贈りものでいっぱいになる。
大きいものがいいとは限らない(笑)

贈りものはきれいにラッピングされ、それぞれ誰から誰に、と名前が
書かれてある。       

今ではこの10数年寝たきりの義母も当時はまだまだ元気だった。
我が亭主の母親は9人兄弟で、田舎に住む者もいれば、ポルトに住む
者もおり、普段から人が良く、何か頼まれるとイヤとは言えない性分
の人柄だということと、亭主の病院勤めを頼ってやってくるのとで、
私達が同居していた小さな家は、常に客がいると言うような状態で
あった。

こういう人たちが、この時期になると、多くは、彼らからすれば、東洋
系の顔を持ったちょっと不思議な魅力の我が息子に、とプレゼントを
携えてくるのである。
その中には、日本のわたしの母や妹からや、アメリカに定住してしまった
我が弟分のMoriからの物も毎年欠かさずあった。
もちろん、わたしたち家族もお互い思い思いのプレゼントを買い集め、
少しずつそれをツリーの下に置いていくのである。

それらの贈りものを開くことができるのは、24日のクリスマスイブの
晩御飯が済んだ後でなければならない。
待ち切れそうになく、今にも包装紙を破って開けてしまいそうな息子を
諭すのは、容易なことではなかったが、毎日ツリーの下に増えていく
贈り物の数を数えてはじっと我慢して24日の夜まで待つのだ。
     
さて、クリスマスツリーの枝には、ヘタクソな字で
「To Father Christmas」と宛名書きのある、白い封筒に入った一通
の手紙が乗せられてある。
それは息子が覚えたての言葉と文字で、Father Christmas
(つまりサンタ・クロース。英国式ではこうなる)にあてて、自分が欲し
いものを願う手紙なのであった。

Dear Father Christmas,
ボクは、今からママやパパの言うことをよく聞いて
良い子になります。
だから、ぼくに次のプレゼントを置いて行ってください。
(以下欲しい物のリストがずら~っと続くw)
                         ジュアンより
            
         
と、ザッと内容は毎年こんな具合です(笑)
本当に自分が欲しい贈りものは、こうしてFather Christmasに頼む
のだ。
Fatehr Christmasはこのリストの全部を置いて行くわけではありま
せん。このリストの中から、ふさわしいと思われるものが選ばれて、
24日の真夜中、子供が寝静まっている間に、ツリーの下に置いて
いく。
24日の夕食後には、たくさんのプレゼントを開けるわけですが、一番
欲しい贈りものは25日の朝にしかもらえない。
なんとかがんばって、Father Cristmasがやって来るのを待とうとする
のだが、幼い子には、せいぜい12時までが限度で、やがてコックリ
コックリ船を漕ぐ^^

さて、息子が6歳の時のクリスマス。
毎年25日の朝一番に目覚めるのは彼です^^
起きてまっすぐクリスマスツリーの下へ行き、目を見張って口をOの
字型に開け、驚きと喜びにあふれた表情で、そこに置かれてある
デカいプレゼントに飛びつき、包装紙を引きちぎる。 
ひとつひとつ開けるごとに興奮また興奮である。
       
その年は、ことの外嬉しかったのであろう。この贈りものがたまらな
かったようだ。

翌日26日の朝のことである。
ガバと起きて部屋を出、まっすぐ再び、クリスマスツリーのある部屋へ
突進したのには驚いた(笑)
もはや何物も置かれていないツリーの下をはっきりみては、ひどく
ガッカリした面持ちでスゴスゴと再び自室に引っ込んだのだ。
息子のその姿を見てわたしたち家族は大笑い。

息子よ。毎日がクリスマスだったら、いったいどうなるだろう。
 Father Cristmas, いくら働いても間に合わない^^
それに、1年に一度だけ、じっと我慢して待つことこそが、大きな
喜びを育むことになるのだ。

その息子も今では25歳。(2007年現在は27歳)
母親のわたしより大きなクリスマス・ツリーも、彼から見ればはもう
小さい。
あの頃の親戚や知り合いの顔ぶれも、随分いなくなってしまった。
「オ・ジュアンズィーニュ!」(ジュアンちゃんの意)と息子を絶え間
なく呼んでは可愛がっていた義母も寝たきりで今年は94歳を迎えた。

エヴァーグリーンのクリスマスツリーの下で、月日は移り変わり、
人も変わった。

♪When I was small,and Christmas trees were tall,
  do do do do do do do do do...
クリスマスツリーがぼくより大きかった頃~♪

 
関連記事
コメント
クリスマスシーズンになりましたねー。
今年もアッという間に12月!!!
僕より大きかった頃という歌詞の部分、
子供の成長がジンジン伝わってきて
親からするとなんとも嬉しいような
切ないような。。。
さすがに外国のクリスマスはプレゼントも
盛大だ~(笑)→我が家は一個か二個
クリスマスツリーの下に置くというのも
我が家では枕元になります。
一度、長男の部屋に入ろうとしたら
罠がしかけてあった!!


ああー。今年最後の月!!
やばい、、体調崩している場合ではないのだ。(涙)
2007/12/03(Mon) 19:55 | URL | syomin1 | 【編集
spacesisさん、息子さんの手紙、本当に可愛らしいですね!!!
こちらももう、クリスマスの雰囲気でいっぱいです。
さて、そちらにホームステイさせていただいたスタンリーの記事(途中報告)を書きました。 ポルトでのスタンリーくんも、登場していただきました。 ありがとうございました!!!
2007/12/04(Tue) 01:50 | URL | かたこ | 【編集
>syominちゃん

あれ?体調崩してるの?
大丈夫かな?
ポルトガルはカトリックの国だからね^^
その代わり、日本のように「お年玉」という
ものがないの。
うちの子供たちはあれが欲しかったみたいよ(笑)

syominちゃんの長男君、いったいどんな罠を
しかけたのかな(笑)
「罠にかかったサンタクロース」って映画の
タイトルにでもなりそう^^

美味しいもの食べて、しっかり体力つけてね!

>かたこさん

どういたしまして。スタンリー君、ボケ気味で残念^^;
でも、おじょうさんのワークのお役に立てたら嬉しいです。

そそ、この間「かりふぉるにあに ひっこしちゃった」
みたいな記事がありましたね。あの記事、コメントを
書きそびれましたが、我がモイケル娘にもあの年頃に
同じようなことがありましたよ。
やはりとても仲の良かった男の子でした。
随分寂しそうにしてましたっけ・・・

でも、がんば!




2007/12/04(Tue) 08:35 | URL | spacesis | 【編集
コメントを投稿
URL:
Comment:
Pass:
秘密: 管理者にだけ表示を許可
 
トラックバック
この記事へのトラックバック
Click for Porto, Portugal Forecast 
ポルトガル ポルトの口コミ
ポルトガル ポルトの口コミ