2008年2月28日

親友みちべぇがわたしと同じ町に住んでいるということを知ったきっかけ
は忘れてしまったが、それが分かってからというもの、年齢の差なしで
新密度がグンとあがり、いつの間にか女二人、駅前の炉端焼きで食事
をしたりし、彼女はわたしがバイトで歌っていた「梅新アサヒ・ビアハウス
」にしょっちゅう顔を出すようになった。

ある日誘われて彼女の家を訪ねたところ、当時中学生だった彼女の3人
姉妹の末っ子がわたしを見るなり、
「あぁぁぁ!知ってる人だ!」と叫ぶではないか。わたしは知らんぞ(笑)
しょっちゅう違った外国人と歩いているのを見かけるので友達と二人して
「いったいあの女性は何者なんだろう。ミステリーだね。」と噂しあって
いたのだそうな(^^;)
違った外国人て、あぁた、それがみんな恋人ではないんだってば^^;
彼らは我がアメリカ留学記に出てくるロブでありブルースであり、後に
我が夫となったサントスさんである。

サントスさんは当時広島大学病院で留学生として研究しており、我らは
今で言う「遠距離」なんとか。広島か大阪で月に1、2度の逢瀬である。
わたしの渡米直前のお正月を我がアパートで共に過ごし、みちべぇの
お宅にも二人して呼ばれ、よって彼女の家族はサントスさんを知ること
となった。
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ー続きはここからー

こういう事情を承知していたこともあろうか、アメリカから突如帰国して
行くあてもなかったふうてん娘にお父上はおっしゃった。
「娘三人が、ソデさん(わたしはそう呼ばれた)、一人増えて四人になる
も同じだ。うちにいらっしゃい。」
わたしは勧められるとおり素直にK宅に転がりこんだのであった^^;

お酒を殆ど飲まないお父上ではあるが、わたしのためにと夕食のテーブ
ルに乗るビールを厚かましくもいただいていたのだが、みちべぇがいな
かったとある夕食時、お父上と二人食べながらわたしはビールのコップを
傾けながらの世間話。
と、さりげなくお父上の口から出た言葉に、わたしはえ?と驚コップを
傾ける手が止まった。
我が父は戦場で受けた大きなケロイドを腕に持っていた人だったが、
お父上はシベリア抑留の生還者の一人であったのだ。

後にみちべぇの母上から聞いたエピソードにこういうのがある。

四国出身のお父上のもとに、ただ同郷というだけで、どういうツテからか
見ず知らずの人が訪ねて来る。帰りの汽車賃がないと言うのだ。
家にあがって食事をしてもらい、汽車賃を貸したことは何度もあった。
そうして貸したお金は返ってきたことはない。

人が善いと言ってしまえばそれまでだ。が、わたしには決してそう思
えない。厳しいシベリア抑留という体験を持つとは、とてもその風貌から
想像できないくらい、苦労の微塵も周囲に感じさせないのだ。
お父上には人間に対する柔らかな視線が感じられてならない。

後にも先にもシベリア抑留の話が出たのはこれ一度きり。
みちべぇは一度もその父の口からシベリアの言葉すら聞いたことは
ないと言う。

多少のスッタモンダがあって後、サントスさんとわたしは結婚することに
なり、二人でK家に挨拶に訪れたのは3月3日も過ぎていた。
みちべぇの母上は、「桃の節句後もひな人形を飾っておくのは縁起の
いいものではないのだけれど」と言いながら、見たことがないであろうと
サントスさんのために、見事な5段の遅れ雛を飾ってくれた。
遅れ雛である。わたしも実際に家の中で飾られたひな人形を目にした
のは初めてであった。

数年前の帰国時に、わたしはみちべぇと共に高野山にあるお父上の入っ
ている企業慰霊碑?にお参りに行ったのだが、広大な高野山の敷地で
わたしたちは迷ってしまった。
「うちのお父さん、きっとあの世でわろてはるわ。みっちゃんとソデさんの
コンビやもんなて。」とみちべぇ。

こんなわけでわたしの中ではひな人形とシベリア抑留、高野山は、K家、
みちべぇのお父上を思い出させるのである。
ひな人形

我が家のちっちゃなちっちゃなひな人形。
3月4日夜遅い便でポルトに到着するモイケル娘のために今年は遅れ雛
になりそうです。なんだかK家との因縁を感じます^^
コメント
しみじみ…
いやぁ…、良いお話を、有難うございます。

暫く感動の余韻に浸ってしまいました。

こんな人に、私もなりたいものですが、かなり遠い目標になって
しまいますので(恥)、素直に尊敬します。

この父にしてその娘さん(みちべぇさん)ありか…、親の背中を見て
子が育つって、本当なのですね。
2008/02/29(Fri) 10:35 | URL | 孤舟居士 | 【編集
昨日のうちにコメントするはずだったのだけど…
もう、続編をアップされてしまいました…(^^;)
思わぬところで私の年をバラされてしまったことについては
「ちっとも気にしてないわよん♪」
…と、言わない訳にはいかないじゃん!(笑)

以前、私が実家のお雛様のことを書いた時も、最近ブーム
の吊るし雛のことを書いた時も、spacesisさんはすぐ反応
して下さったので、海外暮らしだと、こういう日本の行事
に特に敏感になるのかなあ…とも思っていましたが、
もいけるちゃんの為にずっと買いたかったお雛様…と
いうことで、その思い入れに納得することでした。
日本では、娘が小さい頃だけ飾って、そのあとはずっと
押し入れの中で宝の持ち腐れになっている家が結構多
いのは、皮肉というか、勿体ない話ですね…。
将来もいける嬢のところに、孫娘が生まれた時には、
ぜひぜひ奮発なさってね^^♪
(お雛様は嫁側の実家から贈る習わしのようです。
 収納場所の問題もあって、最近はあまり大きいお雛様
 は敬遠され、コンパクトなものが人気のようです^^) 

数日前、テレビでお雛様のうんちくがクイズになってい
ましたが、お雛様は娘の成長した姿を、お内裏様は未来
の旦那様を象徴しているそうです。
雛祭りは、娘が将来良縁に恵まれるようにという願いを
こめた行事なんですね。
だから、娘が結婚した後はもう飾らなくてよいそうな…
(用済みかい?!…笑)
でも、私の実家では今もずっと飾っているし、私も自分の
小さなお雛様は引き取って、年をとっても毎年飾り続けた
いなぁ…と思っています^^

みちべえさん宅での「遅れ雛」の思い出、いいですね^^
3月4日(本来なら雛を仕舞う日)に、今年は もいちゃん
が帰国するのも、何か感慨深いです。
遅く仕舞うほど婚期が遅れるとも言いますけど、我が家も
今年は3月半ばの結婚式の頃まで飾っておこうねと言って
います。そうすれば結婚式の為に集まった肉親たちにも
見てもらえますからね…(^_^)
2008/02/29(Fri) 11:58 | URL | ミセス・かんちがい | 【編集
もいけるちゃんの帰国もそろそろですね♪
うちの実家には総飾りのお雛様がありますが
飾るスペースがなくなってから
ずっと押し入れにこもってます。。。
昔はちゃんと飾って,お祝いしていたんですけど^^;
かんちがいさんが紹介されていた
お雛様おやつパックをもいけるちゃんに
お土産で持って帰ってもらっては???^^
2008/03/01(Sat) 02:26 | URL | きゃしー | 【編集
>孤舟居士さん

親子ともに側にいるとほんわり温かさが
感じられる人柄、
我が友みちべぇも男女問わず年輩の人たちにも好かれる
人です。こういう人が多い世の中だといいですね。

>かんちがいさん
お久しぶりです!^^
日々お孫さんの成長を目の当たりにしてきっとその日の食卓は
Kちゃの話題でご家族もちきりでしょうね^^
いよいよ今月の半ばですか^^
落ち着かれてからでよろしいです、是非ブログにてのご報告、
お待ちしてます。
こちらはあさってモイケル娘が、そして2週間日にはボーイフレンド
もやってきて暫らく滞在
します。ただ今慌てて大掃除^^;
こんなときベルミーラおばさんのいないのがこたえます^^;

これから息子さんのご結婚準備でかなりお忙しくなることでしょう。
お体に気をつけて!
また、ゆっくり遊び相手をしてもらえる日を楽しみにしています~^^

>キャシーちゃん

キャシーちゃんもお久しぶり!
ここしばらく更新がないのでちょっと気になってました。
すべてことなく毎日運んでいますか?

お雛様おやつパック、頼みたいところですが、もう彼女が運び
きれないくらい色々注文しちゃったわ(笑)

キャシーちゃん、今度日本へ帰ることがあったら
お雛様一度押入れから出してあげましょうよ(笑)
2008/03/03(Mon) 09:04 | URL | spacesis | 【編集
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