2008年3月28日
carolina michaelis

近年こそ、観たいと思う作品があまりないので映画館からは足が
遠ざかったが、わたしは洋画ファンです。本と同じでジャンルは
選ばない。亡くなった母が映画好きだったのを、そのまま引き継い
でいるような気がします。

アメリカ映画のハッピーエンドもの、勇気や夢を与えてくれるもの、
あまりにも現実に近くて観ているのが少し怖い社会派もの等等、
これまで観てきた映画は数え切れません。
自分が生まれる以前の名画作品も多く観てきましたが、それらの
どれもほとんどが心に残っており、手元にある世界映画名作史は、
今でも機会あれば取り出して繰り返し読みます。本同様、映画
からも人生のなんたるかを学ぶことができると思っているからです。

これらの映画の中で、学園もののジャンルがあるのですが、例え
ば比較的新しいものでは、ロビン・ウィリアムズの「Dead Poets
Societ
y
」(1989年。邦名は「いまを生きる」だそうな)、リチャード
・ドレイフェス主演「Mr.Holland´s Opus」(1995年。邦名「陽の
あたる教室」)。古いものでは「Up the Down Staircase」(1967年
「下り階段をのぼれ」「Blackboard Jungle」(1955年(暴力教室)
Immer wenn der Tag beginnt」(1957年。「朝な夕なに」)。

最後の作品は実は、わたしが長年観たいと思っていて未だ観た
ことがない、わたしが10歳のころのドイツ映画なのですが、映画
そのものは観ていなくても、挿入歌「真夜中のブルース」が記憶
に残っており、学園ものというとついこのトランペット演奏の、切ない
ながらも希望が感じられるメロディーが頭に浮かんでくるのです。

なぜこんな映画の話かといいますと、ポルトガルで今新聞テレビ
を賑わして物議を醸し出している教育現場の事件があるからです。
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ー続きはここからー

Da-me o telemovel, ja!騒動とでも言いいましょうか。
「あたしのケータイを返してってば!」という風に訳せるのですが、
イースター休みの前にポルトのとある公立学校の9年生(中学3
年)のフランス語授業中に起こった、女生徒の教師に対する暴言
事件です。

どこの国でもそうでしょうが、授業中にケータイを使うのはポルトガ
ルでも禁止されています。
件の女生徒は使用中のところを中年の女教師に取り上げられ、
それを取り戻そうと教室内ですったもんだの大騒ぎ。
挙句の果てが、教師に向かい上記の暴言です。

この様子をその場のクラスにいた生徒の一人がケータイに録画し、
YouTubeに載せたもので学校側がだんまりを決めこんでいたこの
事件が公に出てしまい、昨今の生徒たちの態度の悪いのに社会
もしびれを切らしていたのでしょう、マスコミが取り上げ、一気に
教育関係者、評論家、政治家までが出てきての論議です。

ポルトガル人のわたしの知り合いには教育関係者が数人います
が、彼らの現場の話を聞くにつけ、日本に限らずこの国にも教育
の荒廃の波が押し寄せてきているのだと感じていたのでした。
上記のポルトガル語の部分をクリックすると、その画像を見ること
ができますが、日本の教育関係者ならどのように見るでしょうか。
これくらいはよくあることだ、教師の力量不足だ、なんてとこで落ち
着かないでしょうか。
先進国全体で、一般的に家庭教育や高学年の生徒のモラルが
崩れて来ており、残念ながらポルトガルも確実にそういう点では
先進国入りを果たそうとしています。

上記にわたしが並べた映画を観てもそうですが、古今東西、昔か
ら親と子、教師と生徒間の確執は常にあるのですが、現代社会の
教育が抱える問題には人間関係の荒廃が背景にあると思います。
映画はどれもハッピーエンドではないのです。
言いがたい殺伐感が残るのですが、教育の場で正面きって生徒
たちに向かい、何とかしたいともがく主人公の教師の思いが感じ
られ、その未来にかすかな希望の光を投げかけているので観る
ものは救われのですが、現実社会はどうなのでしょう・・・・

昔は親も教師も口答えなどさせない威厳、怖さがありましたが、
個性やら放任主義やら個人の自由やら、挙句には子供の自由や
らと、「フリーダム」をすっかり曲解して来てしまった大人たちに
現代の教育問題の責任の一端はあります。

あれをしてくれ、これをしてくれ、と本来は家庭ですべき教育を親
が学校側に押し付けるようになったのはいつからだろう。
学校側も教育機関としての基本的な姿勢をうやむやにして親の
希望だからとて安易に引き受けるようになったのはどうしてだろう。

わたしは以前にも書いたことがありますが、「いったい子供を育て
るのは誰なのだ?」
国でもなく社会でもなく親が育てるものだとわたしは思っています。
ですから、しつけも然り。学校は集団生活における社会の基本的
ルールを学ぶ場である。親の行き過ぎた口出しは教育上ろくな
結果を招かない。

多種多様な人間がいるのが社会であり、うまがあうのもあわない
のもいて当たり前なのだ。学校はそういう社会の波を乗り切って
生きていくために最低のルールを学ぶ場でもあるのですが、最近
はぎりぎりのサバイバルルールを身につけていない若者が増えて
きています。

私自身も今こうして偉そうな口の如きをきいているが、思春期には
親にも教師にも一通り反抗したもの。が、父親は殴るのに躊躇な
い人だったし怖かった。また、暴言を吐くは自らを貶めるものだと
いう思いがあり、親や先生に失礼な言葉を投げつけたりはでき
なかったものだ。

今回の事件をきっかけに、ポルトガル教育界は構内暴力や授業
破壊行為、教師への暴言暴力への対処に取り組もうとしている
ようだ。教師は敬意を表されるべきで、生徒による侮辱は許され
るものではないという基本的な意見が強いのだが、わたしもこれ
には賛同です。

この一件、どういう落着をみるかというと、件の女生徒は放校。
他校への移動を余儀なくされるようです。それだけに終わらず、
教師側は侮辱されたとして女生徒とクラス全体を少年裁判所へ
訴える行動にでました。
もしこれが日本なら、学校は教師はどういう行動を、対策をとろう
とするか。
画像をみて、あるいは、これくらいは日常茶飯事である、などと
ならないか。

さて、わたしが思うところです。
女生徒の態度は明らかに失礼千万、醜いものではあるが、放校
には少し疑問を覚える。
この生徒を更生できてこそ、教育の場ではないかと思うのは、
「学校は学習する場である」と割り切るこちらの考え方と違い、
やはりわたしが日本人であるからでしょうか。

もうひとつ、ケータイで録画してYouTubeに載せた生徒はプライ
バシー侵害ではないのか?この点があまり取り上げられていない
のを始終意外に思っていたのですが、先ほどのニュースを見てみ
ると、この生徒に関しても、同授業ではやし立てた生徒も併せて
目下教育委員会で詮議中だそうです。

こんな全国の、いや世界の目にさらされる状態になって、今頃
この女生徒は後悔の念に打ちひしがれているかもしれませんね。
YouTubeでさらされなかったら、教師ももしかして訴えて出ること
までしなかったかも知れないと思うと、もちろん、女生徒の態度は
褒めたものではありませんが、物事はひょんなことから大きな波
紋に広がってしまうのです。

我が子のしつけを始めとし、教育とは、げに生易しいものではない
と改めて思うのでした。

コメント
次回に『桜写真』ご期待!
日本でも、バスの中で61歳の男性が携帯電話をしていた58歳の男に注意した所、首あたりを羽交い締めにされ警察官がかけつけた後に倒れ、腹膜炎で死亡した事件がありました。大の大人がこのような争いで亡くなってしまうなんて(絶句)。二人のやり取りがどの様だったのか知るよしもありませんが、何か殺伐としていてやりきれません。日本では『売り言葉に買い言葉』があり、韓国でも確かなことわざではありませんが『丁寧な言葉には丁寧な返事が返ってくる』と言うのがあるらしい。
最近は、そのように心がけています。とは言ってもやっぱり社会全体、ゆとりが無くなっているのだろうか!?
気の重くなる事件でした。トイレ、分ったらぜひとも見学に行って報告をば!
2008/03/29(Sat) 18:58 | URL | 桜満開ちゅう! | 【編集
spacesisさんが述べる事、
そして危惧する思い。
判ります。

かくかくしかじか、
今に至るワタクシでありますが(^^ゞ

威厳と言うものを、実感してこられたのは、
財産とさえ思います。

ゲンコツというものは、
躊躇するとかいうものでなかったし・・・
(全て肯定はしませんがw)



私が、
わが子を通して感じる事は、
ズバリspacesisさんが思うところであります・・・

周囲とのズレ(?)に、
数的、そして常識の定義に、
歯向かう部類になります。


人間、
楽な方に、
そして、反抗する喜びを求めるのかなと。

わが子も同様、

流されたい気持が増幅し、
そっちに行こうとするのはしばしば・・・


ははは、

日々、
ボケッとしてられないです、ホント(笑)
2008/03/30(Sun) 00:39 | URL | マー | 【編集
最後の授業
そのうち
18歳未満の携帯電話所持禁止とか
そういう方向にも行きそうでいやですな^^;
教育問題は難しいですな~
やはり先生は皆、鉄の定規を持つべきでしょうかw
2008/03/30(Sun) 02:29 | URL | ぎたれれ | 【編集
あったあった!
ポルトガルの面白いトイレありました↓
http://www.fnn-news.com/news/headlines/articles/CONN00129362.html
2008/03/30(Sun) 06:48 | URL | 早起きちゅう! | 【編集
>ちゅうさん

我らの世代がそんなことしていたんでは情けない。
ふっと思ったのですが、「ストレス」「キレル」
(↑わたしは極力この言葉を使わないようにしている嫌いな言葉のひとつ^^;)
というこれらの言葉が安易に使われ始めたころから、
わたしたちの心はガマンするということを
置き忘れて来たのではないのかしら?って・・・
なんでもそのせいにすれば自分の困った行動の隠れ蓑にできます。

「ゆとり」もおのおのが、自分にとって一番大切なものは何か、と
選択して、時間にまず余裕を取り戻さないことには難しいと思います。
時間にゆとりがないと心にも余裕はありませんもん。

ところで例のトイレ、いったいポルトガルのどこなのか(恐らく
リスボンだと思う)調査中。息子にもきいてみます。
案内のサイト、行ってみましたが「おお!」となんとも
言いがたい雰囲気でありましたぞ(笑)

>マーさん

まともな子育てがしにくい時代でしょうか。
それでは「まともな」とはどういうことか、となりそうですが。

周囲に流されず断固たる教育方針をもって貫くのはなかなか
大変なものです。親の忍耐力と外との闘いでもあります。
回りもそうだからええんじゃないか、となるのは楽だもの^^;

我が家も子供たちが昔言ったものです。
「みんながしてるのに、なんでうちはだめなのか」と。
「みんなってだれよ?」これがこちらの定番の返す言葉でしたっけ(笑)

マーさんの「カクカクシカジカ」、聞いてみたいですね^^
わたしにもそれなりにありましたが、自分ができる目いっぱいの
ものでした。それでもはた迷惑をかけてましたね。

あんまり厳しすぎても難しく、その辺のところは、マーさん
うまくやってるように見受けられますよ^^
がんばってください!

>ぎたれれくん

それなのよ!わたしはそんなことを思ってましたぞ(爆)
18歳未満はケータイ所持、ゲーム禁止、なんて(爆)

それはともかくとして、学校へのケータイ持ち込み禁止は
いいと思っています。
今のケータイは色々な機能があり、電話の役割を超えて
しまいました。

緊急連絡なら学校の電話へ連絡することで、ことが足ります。
大人のおもちゃを(笑。仕事の必需品ともいえるのでしょうが、
それなら子供は尚更不必要)安易に子供の与えすぎじゃないの?
と思うのですが。

以前日記でケータイの功罪について書いたことがありますが、
今でもその考えに変わりはない。
有料のケータイを稼ぎのない子供たちが思うまま使うという
ことにも疑問があります。
ケータイがなかったら人生がむなしい、なんてことになること事態が
ゆゆしきことであります。

使い方を一歩間違えば若者を破滅させてしまうものだと
ケータイも、たばこ、飲酒の同類項に入れてもええかもよ!(爆)







ぎたれれ君が書いてますが、18歳未満は「ケータイ所持、ゲーム禁止」
なんていいかな^^と(笑)





2008/03/30(Sun) 17:43 | URL | spacesis | 【編集
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