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2008年4月24日
4月25日1
 
今年もVinte-cinco de Abril(ヴィンテスィンコ・ド・アブリル=4月
25日)がやって来ました。
ポルトガル人にとって4月25日は特別の日です。
ブルジョアジーにも民衆にも。

お金には不自由したわたしですが、自由そのものには高校を出て
から不自由しませんでした。若かった日々の時間は、下宿時代、
アパート時代と、食うものも食わずのことが多かったの
ですが、とびきり自由だったように思います。

わたしの時代の自由と言うのは、今の若者たちのそれとは少し
違うかも知れません。

明け方まで酒も酌み交さず(皆、金がなかった。笑)、しらふで
狭いひとつ部屋で仲間たちと青臭い人生論を戦わし、恋をし、また
それを失い、夜更けの町をさまよったり、川べりで野宿したり。
ビルの屋上で真夜中のギターの音に耳を傾け月や星を仰いだり。
操車場に眠る夜更けの電車の並ぶのを眺めたり。
あの時代の夜は、今よりも遥かに神秘的で魅力的で、どこか人間
をそのとばりで包みこむやさしさがあったように思います。
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ー続きはここからー

今のように24時間オープンの店などなく、それでもそんな所を
見つけ出しては、スナックバーで、ちびりちびりウイスキーを飲み
ながら、やはり仲間と語り明かしたものです。
語っても語っても語り足りない。人生というものに大きな不安と
希望を抱いていました。

見たり(テレビ)聴いたり(音楽)、画面で遊んだり(ゲーム、パソ
コン)の類のものはなく、なんだか皆、ひたすら読書と議論に明け
暮れていました。
そうそう、この頃の深夜番組には「ヤンリク」(ヤング・リクエスト=
音楽リクエスト番組)があり、わたしが入っていた男女200人近く
もの下宿屋の仲間内では、白戸三平のマンガ「カムイ伝」
がまわし読みされていました。

上記以外にあの頃のキーワードと言えば、「明日のジョー」「寺山
修司」「歌声喫茶」「ドクトル・ジバゴ」「三島由紀夫」エトセトラエト
セトラ。

加藤登紀子さんが歌っている「紅の豚」主題歌、「時には昔のよう
」(you tube)そのものでした。

金銭的には誰の世話にもならず、多くのものも持たず、だからこそ
思いっきり自由だったと言える気がします。
人はものを持てば持つほどそれにとらわれ、不自由になるものだ
というのは本当かも知れないと近頃うなずいたりします。

今日こんな風にあの頃を思い出し、こうしてブログに載せることが
できる自由。
生活を向上させたいとがんばり努力できる自由。
書物を選び読みすることができる自由。
枠にとらわれず自己表現ができる自由。
国の政策を言葉や態度で批判できる自由。

左翼右翼関係なく、自由のない社会はわたしはごめんです。
安定した自由のない生活よりも、貧しくとも自由のある生活を
望みます。

この当たり前に思われる自由を、わたしは今空気のごとくこの身
全身で吸っているのですが、世界には、今日もここにある当たり
前の自由が束縛される国があります。ダレフール、ジンバブエ、
ミャンマー、チベット、北鮮そして中国・・・・

ポルトガルが35年ほど前に、それらの国と似たような言論の
自由がない不自由な国だったとは今では思えないほど、それは
歴史の一部になりました。
政治警察がいた、そのサラザールの独裁政治時代はわたしは
知りませんが、恐らくおぞましい社会であったろうとは、想像して
みることはできます。
4月25日2


自由であることがどんなに素晴らしいかを今再び思い出すために、
わたしたちは歴史を振り返る必要があるのです。
ポルトガルの4月25日も、そして靖国も、終戦記念日も。

ポルトガル4月25日関連エッセイをどうぞ。
      
  ★ポルトガルよもやま話:「抵抗の歌人:ゼカ・アフォンソ

  ★ポルトガルよもやま話:「4月25日:ポルトガルの春
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コメント
「トキワ荘の青春」を思い出します。って、ちょっと古すぎでしたね…すみませんm(_ _)m

今ちょうど「革命神話の終末―ポルトガル1974年春」を読んでいます。私の生まれた年にいったい何が!?と思い古書を買ったのですが、難しくてなかなか読み進められません…(´ω`)ゞでも今のポルトガルを思うと、たった三十数年前に独裁政治があったとは思えないです。

私も人一倍自由を好むし、日本もかなり自由な国だと思います。だからこそ自分をしっかり持っていないと流されていってしまうんですよね…。

2008/04/25(Fri) 13:15 | URL | tomapote | 【編集
>tomapoteさん
古すぎることはないと思います。多分同じ
ころではないかと^^;

tomapoteさんの生まれた年なのですね^^
わたしがポルトに来たのはその5年後です。
tomapoteさんのお母さんと同じ年代でありましょう、
わたしは(爆)

カーネーション革命は何度かポルトガルで
映画にも取り上げられています。
暗い時代だったのだなといつも思いますね。
その本、時間をかけてじっくり読んでみてください。

流されないで自分をしっかり持つというのはとても
大切なことだとわたしも思います。
ですから、自由を脅かす危険性を帯びた、今再び国会に
提出されようとしている人権擁護法案、通さないように
しないと!と微力ですが、自分なりにがんばっています。
2008/04/27(Sun) 09:21 | URL | spacesis | 【編集
こんにちは

ポルトガルの歴史、ちょっとだけポルトガルに行く前に読んだのですが、今回の記事(そして過去の関連エッセイ)を拝読してとても勉強になりました。


「自由」、考え出すととまらないテーマですね・・・。
2008/04/28(Mon) 19:20 | URL | tulp | 【編集
本当ですね。
時々自由を履き違えていないかどうか
振り返ることも大事かも知れませんね。

ポルトガルの歴史も恥ずかしながらわたしは最近
興味を持ち始めました^^;
tulpさんの住んでらっしゃるオランダはどんな歴史を
持っているのかいつか調べてみたいと思っています。
2008/04/29(Tue) 06:44 | URL | spacesis | 【編集
久し振りです。
ほぼ同じ時代を生きた私も同じ感慨です。
私が自由の大事さに気が付いたのは1967年の文化革命真っ最中に仕事で中国へ行った時です。
時代は今、北京オリンピックの聖火が中国の赤い旗に守られて長野を走ったのを見て、何の為のリレーか不思議でした。
またあれだけの中国人が終結する画像を見て
嫌悪感を持った日本人が大勢いました。
自由さでは67年よりマシになったのでしょうが共産党の一党独裁はかわらず。
大変な国ですね。中国は。 でもあれだけの人口を抱えながら国を治めて行くのは世界の歴史上、何処の国も経験した事が無い事で、その辺りは我々は考えなくてはいけない事でしょう。

私の娘がフランスで結婚式を挙げました。
これも日本が自由だから、かな。
花嫁の写真を顔が判らぬように出しました。
時間があれば是非御覧下さい。
2008/04/29(Tue) 23:53 | URL | shima | 【編集
>shimaさん
お久しぶりです!

それにしてもそんな時代に隣国へ行った事が
あるのですね!
わたしからすると三人組など思い出され、今でもぞっとします。
なんだかとても怖いのですね、わたしなどは・・・

長野では大小の赤旗がたくさんたなびく画像を見て、
いったい日本はどうなってるのかと暗い気持ちになりました。
わたしがいた頃とは随分違ってしまい、将来は娘が住むで
あろう日本、とても心配です。
皆がしっかり将来を見据えて、しっかり覚悟して、隣国との
付き合い方を考えて行かなければチベットの憂き目をみないとは
言えませんものね。

こんな暗い話の後、早速そちらのブログを拝見して参りました。
本当におめでとうございます!
末永くお幸せに^^

2008/04/30(Wed) 07:32 | URL | spacesis | 【編集
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