2008年5月12日

我がブログは、これと言って定まったテーマもなく、生活日記とか
ポルトガル情報、時には観光案内もどきと記事とか、時折憤まん
やるかたなく恐々書いてみる、少し政治のからんだ話など、言う
なれば雑貨屋ブログです。

カテゴリもすでに幾つもあると言うのに、本日からもうひとつ新
カテゴリを加えてみました。
題して「あの頃、ビアハウス」。

わたしの大阪時代、「梅新アサヒ」として多くの人に親しまれた
日本でも珍しいドイツビアハウスの真似をした老舗の「アサヒ・
ビアハウス」での出来事を、そこに通いつめる名物客たちを忘れ
ないうちにと思い出すままに綴ったエッセイです。

1970年代も後半、人生のるつぼこと大阪は梅田新道にあった
アサヒ・ビアハウスでのできごとをエピソードべつに、レトロ感覚で
書き連ねたものを今回は加筆して書き直して見ました。
1週間に一度ほどの割合で、写真も併せて更新して参りたいと
思います。

「なんだ、もう知ってるや。」と仰せの方はスルーを(笑)
ではでは、続きからどうぞ。

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ー続きはここからー
AB白いギター
写真はビアハウスで歌い始めた頃、とある社員寮でのバーベキュー
パーティーで頼まれて。


人は、それが苦しいことであれ楽しいことであれ、それぞれの人
生に「とっておき」の話をもっているものである。
わたしがここで取り上げていく話は自分のをも含めて、
「ねね、あのさぁ。」と、人に披露してみたいと思ってきた1975年
からのビアハウスでの出来事である。
  
大阪梅田新道(通称梅新)の交差点の一角に同和火災ビルと
言う古い建物があった。
今ではそのビルは改築され、同和火災フェニックスタワーと名を
変えて日本の都会のどこにでもあるような、見るからにモダンな
姿に変貌してしまったが、かつては見るからに重厚さと威厳を
持ち備えた大理石仕込みの古いビルであった。
そのビルの御堂筋側に面した小さな入り口をくぐり、階段を地下
へ降りていく。
すると、大きな少し重いガラスドアの向こう側に「梅新アサヒ・ビア
・ハウス」の世界があった。

わたしがそこに足を踏み入れたのはホンの偶然からである。
当時のわたしの勤務先は、北新地のど真ん中にあり、会社が
退けてから毎晩のように上司同僚たちと周辺の盛り場へ繰り出
しては2次会3次会へとなだれ込んでいた。
アサヒ・ビアハウスは、そんなある夏の日にわたしたちが何気
なしに流れ込んだ、2次会会場だったのである。

紛れ込んだ店内は少し薄暗く、一歩足を踏み入れたとたん、ワイ
ワイガヤガヤと客たちの喧騒がわたちたちにドーッとぶつかって
来た。ホールの端にある分厚く古い木のテーブルにオフィス仲間
のわたしたち6,7人は陣取り、生ビールを飲みながらいつもの
如く判で押したように会社の話で盛り上がっていた。

すると、ホール中央の壁よりにある小さなステージに二人の男女
が上がったと思うや、突然始まった音楽はエラく威勢がよい。
アコーディオンとリズムボックス、それにドイツ風の民族衣装を
つけてハットをかぶった歌姫が一人、ビア・ソングを歌い始めた。
  
しかし、待てよ?
そのうち、店内のあちらこちらの客席から歌い手に名前を呼ばれて
客が立ち上がり、ビア・ジョッキ片手にステージに上がって歌い
だすではないか!
歌姫はといえば、3曲ほど歌っただけで、後半のステージはそう
いうお客たちの独壇場であった。
それは今で言う「カラオケ」の走りである。当時はカラオケはまだ
なかったので、「生オケ」とでも言うべきか。

「おおおお!おもしろい。これは愉快だ!」飲むほどに俄然気が
大きくなり陽気に騒ぐ我がオフィスの飲み仲間達。
「おい、yukoちゃん、おまえも歌え!」との彼らの言に、お酒が入
ると調子に乗ってしまうわたしは、仲間のリクエストに応えんが
ため、かくして初めて人前でマイクをにぎったのである。

「歌謡曲、演歌はだめです!」と歌姫嬢。
「あ、あの・・・この歌、弾けますか?」

  ふたりの恋は おわったのね
   ゆるしてさえも くれないあなた
   さよならと 顔も見ないで 去っていった男の心
   楽しい夢のような あの頃を思い出せば
   サントワマミー 悲しくて 目の前が暗くなる
   サントワマミー
            

サルバトール・アダモの「サン・トワ・マミー」である。

わたしはそれまで人前で歌うことはなかったが、テレビを持たな
かった当時、小さな自分のアパートにいるときは、バカの一つ
覚えのアルペジオでギターを伴奏に、時のたつのも忘れて歌い
続けたものだ。

月々の給料でカキカキの生活だったが、わたしにとって歌は聴く
ことも声をだして歌うことも大きな心の慰みだった。
   
歌い終わった後、客席から大きな拍手と歌のお礼にもらったジョッ
キに一杯の生ビールを手に仲間のテーブルに戻ったわたしは、
恐らく少し上気した顔だったろう。
なにしろ生まれて初めて、小さいとは言えいわゆるステージなる
場に立ち、聴く人を前に歌ったのであるから。
   
「サン・トワ・マミー」はアサヒのアコーディオニスト、ヨシさんの
伴奏でわたしが歌った初めての歌だった。
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