2008年8月8日

夫の今夏休暇の半分は7月後半で終わり、わたしたち夫婦は今、
ふたりとも毎朝先になったり後になったりの出勤である。

後に家を出る方が、まずは5匹の猫の数を確認(笑)、それから
キチン・ヒーターが消えているのを見届けて出かける。
出がけに猫の数を数えるのは、万が一ワードローブ(洋服ダンス)
の中にでも入っていたり(ぶら下がってる洋服をひっかかれる)、
ベランダに締め出されたりしていたら、(階下に落っこちて探すのに
苦労する)帰宅後、顔を真っ青にしなければならなくなるからである。

そんなことを確認しながら、今朝、
「あ~ぁ、今日でやっとこの仕事の3分の1、終わりになるぅ^^
毎朝、仕事に出るというのは、ほんまに大変だわね。昔、自分が
これをしていたなんてまるで嘘みたい。」
と言うと、ニタッと笑った夫、こう言う。
「3分の1終わるって、4分の1じゃない?」
え?え~~@@

思わず台所に掛けてあるカレンダーの下へ走った!
うげ!3週間の集中コースとなぜかすっかり思い込んでいたが、
4週間ではないか!どこでどう勘違いしてしまったのだろうと、相変
わらずのおトンマなspacesisであります。

まだ3週間あるんか・・・・と、思わずため息(笑)
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ー続きはここからー

30年ぶりの連日朝出勤のこの一週間、体は少し慣れ、調子もつ
いてきたとは言うが、帰宅後、まずシャワーを浴び、少しぼけ~っ
と休憩して外国語としての日本語が詰まった頭を空っぽにしない
ことには、他のことが手につかない。
30年間、こういうまともな仕事をせず、自宅日本語教室とは言え、
ほぼ専業主婦に近い暮らしてきたのですが、今回は今更ながら、
毎日職場へ出かける人たちに感服するのであります。
ほんと、毎日働いている皆さん、偉い!

そして翌日の授業準備になるのですが、この一週間でひらがなの
読み書き全てを教え込んだ「ごくせん」ならず「激せん」です(笑)
もちろん、文法も初歩から習ってもらっています。
4人ともなんとか付いて来てますね^^彼らは、午前中の3時間は
わたしと日本語授業、午後は職場で仕事に就きます。
それで、毎朝、前日の学習のテストですからね。
なかなか大変でしょう^^
しかし、教わるよりも教える方がきついんでありんすよ(笑)

さて、昨日の話の続きの今日は、ビアハウス時代の「塩さん」の
話です。下記、過去記事から。


 「めんない千鳥」

アサヒを語るとき、この人なくしてわたしは語ることができない。

塩さん。
梅新アサヒの初代店長だとわたしは思っている。
そうでなかったとしても、アサヒの黄金時代は彼が店長をしていた
時なのだから、言って憚らない。(笑)小柄で控えめな人でした。
笑うと目がなくなるような細い垂れ目です。
店内では目立たないのですが、これがこういう客商売では却って
いいのでしょう。でもホールのどこかに塩さんの姿を見るとなぜだ
かホッとしたもので、アサヒビアハウスの空気に見事に溶け込ん
だ人でした。

若い身空で毎日のように一人ででもビアハウスに出入りしていた
わたしを彼は何と見ていたでしょう。
立ち席にいるわたしに、しょっちゅうこっそりビールを持って来てく
れましたっけ。もう時効だから白状してもいいですよね?(爆)

アサヒで歌いだすようになってからは、留学資金を作っているわた
しを9時半の閉店後に、お初天神を通った向こう側にあるお蕎麦
屋で、「夕霧そば」を食べによく連れて行ってくれました。
おいしかったです、あそこの蕎麦。
最後に出てくる蕎麦つゆがまた一塩うまかった^^
ほとんど毎晩夕食抜きのわたしです、そのおいしい夕霧そばを
かっぽぎながら、塩さんを目の前に語るは、熱きアメリカ移住の夢。
いつも黙って聞いてくれました。

さて、アサヒビアハウスでは演歌はご法度。
それでも例外がいたのでした(笑) その一人が、実は塩さんだっ
たのです。
お客の入りが少ないとき、そして歌う常連もあまりいないときに、
アコーディオンのヨシさんが「めんない千鳥」のイントロで塩さんを
呼びます。
そうするとうれしそうにステージへ駈けていくのでした。

♪目ン無い千鳥の 高島田
  見えぬ鏡に いたわしや

こちらで聴くことができます。(懐メロも懐メロ!ご注意くださいw)

のっぴきならぬ事情で(笑〕アリゾナ大学のESLコースを終えるや
否や、日本に引き返して再びアサヒでカムバックしたときには、
塩さんはもうビアハウスにはおらず、それから今日まで26年の
月日が流れてしまいました。

そして、ある日、アサヒビアハウスをネット検索でしたのがきっか
けで、とある掲示板にたどり着き、かつてのアサヒの常連仲間の
一人から塩さんへと連絡がつき、長い長い月日を経ていただい
た塩さんから手紙をいただいたときの嬉しかったこと!

80歳を超えて今なお油絵を描き続けてらっしゃる。
写真を見るとお元気そうで、アーティストにおなりです。

わたしのアメリカ移住はどういう風の吹き回しでか、すっかり方向
を変えて、どうやらポルトガルが終の棲家になりそうですが、あの
頃、塩さんを目の前に語ったわたしの縄文の熱き血潮、我が娘が
しっかり引き継いでいるようです^^
引力軌道を外れて、ジブラルタルを越えた向こうがアフリカ大陸と
いう、ここポルトガルへ来てしまったわたしの、その軌道をまるで
訂正するかのように、日本へと娘は戻りましたです。

もしも大阪を訪れたら、娘よ、是非、足を運んでみておくれ。
あの頃の数人の常連が、30年たった今も、相変わらずいるはずです。
そして、きっと迎えてくれるはずです、「お帰り~」と^^

めんない千鳥の塩さんに会わないわけには行きません、今度の
帰国で。
               with love

後日談:2004年10月14日、内装がすっかり変わってしまい昔
の面影がなくなったアサヒビハウスで塩さんと26年ぶりの再会。
        ↓
ビアハウス塩さん1

店長が偶然、昔ホールの主任をしていた人で、これも嬉しい再会
でした。
ビアハウス塩さん2
写真は二枚とも同行してくれた若き我が友「ゴッチ」の提供。

この26年ぶりの再会の1年後に、塩さんは83歳で永眠しました。
下記その日の日記です。

 2005年年10月12日(水曜日)
 人生は嬉しいこと悲しいこと、日々その繰り返しですね。
 今回の放送(電話でのNHKラジオ出演)、大したことではないけ
 れど、聴いていただきたい人がおりました。
 このHPの「あのころ、ビア・ハウス」のエピソードで登場する、
 我が友「塩さん」。それを聴かずに83歳の一生を閉じられました。

 この方なしにはアサヒ・ビアハウスは語れないと言っていいほど、
 わたしが誘われてバイトで歌い始めた頃は、梅新アサヒは黄金
 時代の最高潮でした。
 人前で初めて歌い、慣れなくて何度へんちくりんな失敗をしでか
 したことか。そのたびに
 「気にせんでええのや。そこがまた素人っぽくてあんたのええ
 とこやで」と渡米するまで力付けてくれたものです。

 昨年帰国したとき、あの頃の仲間たちが集まってくれ、その塩さ
 んとの連絡もとれ、26数年ぶりで再開しました。
 以後、こちらへ戻って来てからも、時々電話をかけたり、あちら
 からかけて来たり。
 「今年はもう帰ってけぇへんの?」
 「塩さん、今年は無理よ。モイケル娘が日本の大学に入ったか
 らね。色々物入りです。去年に続けては帰られへんのよ。
 そのかわり、来年はなんとか頑張って行きます。
 だから、塩さんもがんばらんと」
 
 この電話での会話が最後になりました。

 放送の連絡をしようと思った矢先に、奥様から知らせが入った
 のです。あちこち誤字やらがある拙文のわたしのエッセイでは
 ありますが、アサヒ・ビア・ハウスは塩さんとわたしの共有する
 思い出です。あのなかに登場してくる常連さんもみな塩さんの
 時代からの人たち。
 しばらく前に、そのエッセイ集とあの頃の写真のページをプリン
 ト・アウトして、お送りしましたらとても喜び、何度も何度も読み
 返して往時を懐かしみ家人にも回していたとのこと。
 知らせを聞いてわたしはしばらく呆然としてしまいました。

 でも、ビアハウスのあの独特な楽しい雰囲気をわたしたち歌姫
 やアコーディオン弾きのヨシさん、そして常連仲間とともに毎日
 当時のアサヒビアハウスを盛り上げた人です。
 泪を流されるよりも、「アイン・プローズト!」(ドイツ語で乾杯の
 意味)と乾杯で送られることをきっと喜ぶでしょう。
 わたしは悲しまないことにしました。

 目ん無いちどりの塩さん、Ein Prosit! 長い間、お疲れさまでした。


今日の長いブログ、お読みいただきありがとうございます。
コメント
働く年寄りに!
働けるうちが華よ!(花?どっち?)多分、「華」だろうね。
この間仕事先で若い人から、ちゅうがPCも
出来る事を見て驚いていました。
多分、この年でと思ったのでしょう。
年寄りをなめんじゃねー!ってか。
最近は、若い人からの仕事依頼を
感謝の気持ちで受けております!なんて殊勝な!
町内の自治会の会合では、任期が1年なのに
ちゅうのちょっとした親切心、発言が仇になり
ちゅうだけもう1年お勤めしそうです。ク~ッ!
顛末は、そのうちブログにでも。
と、言うような猛暑の毎日です。でも元気だす!
今日も暑い!が、今日も元気にテニスだい!
2008/08/10(Sun) 10:06 | URL | 本日もテニスちゅう! | 【編集
>ちゅうさん

うん、そうかもね。
仕事がやってくるのはラッキーなのだ、と思って頑張ってます。

うふふ、その「pcができるのにびっくり」というの、分かります。
わたしと同年代の知り合いたちもほとんどしていません。
その点、少し残念ではありますね。ネットを通してできることが
たくさんあるのですが。

ちゅうさんのお仕事もたのしそうですものね。まだまだこれから、という気がします^^(えらそうねw)

町内のお役はみなさん、なかなかしたがらないのではないの?
そういうところ、さすが気配りができるちゅうさんです。えらいなぁ。
事の顛末報告、まってます~
2008/08/11(Mon) 15:52 | URL | spacesis | 【編集
久し振りです。
アサヒビアハウスがspacesisさんにとって、いかに大切な場所であり原点のような場所である事が良くわかります。 
多分、塩さんは”千の風”のようにspacesisさんの心の中で生き続けているのですね。
”目んない千鳥”は聞きました。 よく見つけられたですね。 こんどカラオケでは必ず歌います。
それにしても、相変わらずエネルギッシュの活動されていますね。
2008/08/14(Thu) 17:30 | URL | shima | 【編集
>shimaさん
こちらこそ、ご無沙汰いたしております。
アサヒビアハウスは我が心の故郷、大切な宝石の
ような思い出と言えます^^
思い出すと思いはあの頃に飛んで行き、ノスタルジア
そのものです^^
あのような大人の雰囲気の場所がなくなったのは
かえすがえすも残念。

退職した大金持ちの物好きな御仁でもABを再現して
くれないかしら?(笑)
塩さんの「目んない千鳥」なかなかよかったのですよ^^
今頃、こうして話題にのぼっていることに、かの細い目を
更に細くして喜んでいることでしょう。
ちょうどお盆でもありますしね^^
懐かしい思いでいっぱいです。

はい、働いて今のうちにと、帰国を楽しみに稼いでおります^^
shimaさんも相変わらず、海に山にと活動なさっていますね!
2008/08/15(Fri) 01:06 | URL | spacesis | 【編集
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