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2008年11月10日
秋の枝葉
ポルトガルには珍しい小さいもみじ。その美しさに思わずパチリ。
記事には全く関係ございません^^;


今日はかつて書いたエッセイを引っ張り出しました。
すでに読んだ方はスルーしてください。

♪だれかがこっそり 小路に木の実 うずめて~♪

の歌いだしで始まる、大好きなアニメーション^^
何度も飽きることなく我が家の子供たちと繰り返し繰り返し観た
ものです。
わたしも子供達も、気に入った映画は何度も観る、というマニア
ックなところがあり、特に娘などは大好きな映画やアニメは台詞を
ソラで言えるとこまで参ります^^;

さて、このアニメ、当初は時代が何時ごろなのか、などとは考えも
しないで観ておりました。
観ながら、さつきがメイを学校の教室の中で、自分のとなりの席に
座らせながら授業を受けている場面に出会った時は、思わず子供
たちを目の前に叫んだものです。
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ー続きはここからー

「あ!ママもこれとおんなじことしたんだよ、小学校1年くらいの
時に。」
そうです、まさにあれと同じシーンを遠い昔にわたしは実体験して
いたのでした。

ところは郷里の、青森は弘前の下町にある城西小学校。
昭和20年代も終わりに近いころです。
こんなことを書いたら、年もすっかりバレてしまいますが、ま、いい
でしょう(笑)
あのころは今の時代のように物が豊かではありませんでした。
白黒の、色も褪せがちになっている当時の珍しく自分が写ってい
る写真を見ますと、すっかり両膝の出たズボンに、ツンツルてんの
セーター、履いてるものだって靴ではなくゲタですよ(笑)

我が家は、下町の祖母の家に4世帯ほどが一緒になって住んで
いた大所帯。
子供の数だけでもわたしを筆頭に、妹従兄弟と合わせても5、6人。
それに大の大人が9人と、ただいま11人どころか、合計すると14、
5人で、今思えば食事時はいったいどうだったのでしょうかw
14、5人が勢ぞろいでなんて記憶は正月以外はありません。
貧乏所帯でしたから、日中は祖母を始めとし、全員外へ働きに出て
おり、家の中は子供だけでした。

そんなわけでわたしが小学校にあがったころは、二つ年下の妹を
独りにしておくこともできず、何度か学校へ一緒に連れていったこ
とがあります。

妹は、このアニメのメイと同じように、わたしの隣に座って静かに
絵を描いておりました。
その絵がまた、上手いのですね。それを見て、わたしの担任の先
生が褒めるわけです。
その時の我が妹の得意そうな顔。わたしは自慢心半分ねたみ心
半分と、子供ながらなんとも複雑な思いを抱いたものです。

今そんなことは、とても許されないでしょうね。
学校も部外者は構内に入れないでしょうし、就学前の妹弟を学校
へ連れていったりしたら、学校側の拒否はもちろんのこと、父母か
らの苦言が一言二言どころでは済みそうもありません。
しかし、あの子供の頃、わたしはトトロの中の同じ出来事を実際に
経験した一人なのです^^

そう思いながらジブリのホームページで調べて見ましたら、やはり
となりのトトロは、昭和30年ころが舞台なのだそうです。
         
日本が貧しくても鷹揚な教育観念を、学校も周りの大人も持って
いた時代だったのではなかったかと、今振り返って思います。
「あの子がいると他の子の足をひっぱる」だの子供の口から出る
とは思いえないような陰湿ないじめの言葉は聞こえなかった時代。
できる子もできない子も、豊かな子も貧しい子も、みんな一緒に交
じり合って、それがごくごく普通の学校生活だった時代。

あのアニメが、わたしのような大人も観れる、というのは、ただ懐か
しいからだけではないでしょう。
現代社会が失ってしまった鷹揚さ、人間としての基本的な生活の
芯がうかがわれるからではないのかと、わたしは思っています。

最後になりますが、わたしの隣に座って絵を描いていた妹は今で
も絵が好きで、趣味で友禅染から始まって、現在は日本画を学ん
でいます^^
そして、これもまた、とても不思議な偶然ですが、所沢に住んでい
るのですね。
車でものの10分もしないで、「トトロの森」に行けます。
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コメント
トトロ。懐かしいとは言っても、毎年毎年これでもか!というくらいに再放送されているので、放送予告を目にする度に「またかい!」と笑ってしまうところもあるのですけどね。
それでも何度となく繰り返し観てしまう映画です。

当時は確か「火垂るの墓」もセットで上映されていて、今思えばずいぶんと内容の濃いひとときを過ごしてたんだなぁと。
でも、ぼくたちよりも、ぼくたちを連れてきた大人たちの方がとても喜んでいましたね(笑)。

後になって「トトロ」も「火垂るの墓」も観直した際に、その作品のすばらしさに感動しました。
お母さんを失ってしまうかも知れない不安に泣きわめくメイ、お姉さんとしての役割を果たさねばと気丈に振る舞いつつも、不安な思いは同じで、ついに泣き崩れるサツキ…なんて思い出しただけで、うぅぅ。


昨年還暦を迎えた私の母は一人っ子で、父親も戦争で失っているのですが、長野県松本の六畳一間の小さな部屋に、祖母(母の母)や親戚などと5人で暮らしていた時期が随分長かったそうです。今思えばどうしてあんな狭い部屋で暮らすことができたのかと不思議で仕方ないようですが、当時は何とも思わなかったそうな。

トトロもspacesisさんも私の母も(勝手な並列お許し下さい)、
ほんの一昔(!)前の話ですけれど、人間と人間との距離が明らかに近いなぁと思います。


そうそう、トトロの中でぼくにとっては唯一残念なシーンがあるのです。

娘二人が猫バスに乗って病院に向かい、お母さんの無事を確認して再び帰って行きますね。あの病院の窓べにトウモロコシのお土産を置いていくでしょう?しかも「アリガトウ」と文字まで刻んで。

―病室で娘二人の話をしていたところ、気持ちのよい風がカーテンを揺らす―。

これで全てが語られているじゃないか~!
トウモロコシにメッセージまで付け加えてしまったら、メルヘンも何もないじゃないか~!説明しすぎだ~!と、随分大人になってから思ってしまいました。

いい映画ですね。
2008/11/11(Tue) 13:13 | URL | じゅん | 【編集
トウモロコシのメッセージは
「おかあさんへ」の間違いでした。

あの映画のお父さん(声:糸井重里)の設定は32歳だそうです。
ひぇ~。
2008/11/11(Tue) 13:55 | URL | じゅん | 【編集
多摩
いつも楽しく拝見しております

トトロの原風景こそないものの、ぼくも郊外の自然の多いところで小学生時代を過ごしました

板橋の下町に育ったぼく、その小学生の時代の私、この二つの微妙なバランスで、いまの自分が成り立っているように感じます

訊けば、両親は子どもの為を想って、わざわざ自然の多い場所を選んだそうで

親にしてみれば、通勤が面倒だったろうに、
改めて感謝です

ありがとう

おかげでトトロと一緒の少年時代でした
2008/11/11(Tue) 23:35 | URL | しおん | 【編集
とっとろとっと~ろ~
の曲がいいですよね^^

いやしかし
今はもぅ古き良き日本はどこにもないのですよ^^;

国籍法改正案なんてどさくさにまぎれて
可決しようと企ててるやからが
国会議員ですからねぇ^^;
2008/11/12(Wed) 07:07 | URL | ぎたれれ | 【編集
>じゅんさん

「火垂るの墓」はもうあかんのです^^;
何度見ても可哀想で可哀想で鼻が詰まり
目が真っ赤になるもので、子供たちに隠れて
一人こっそり見たものです。あれも名作ですね。

日本が今のように経済的に豊かでなかった時代、
6畳一間に一家族が暮らすのことはありましたね。
子供だったころのわたしの家族もそうでした。
じゅんさんの母上様と同世代です^^

古い話を読んでくださり、ありがとうございました。

>しおんさん

初めまして。コメントありがとうございます。
若いときは都会にひたすら憧れ、土臭い田舎育ちの
自分を恥ずかしく思ったりしたこともありましたが、
おっしゃるように、今の自分を形成してきた素のひとつが
故郷での子供時代でもありますね。

振り返ると決して楽しいことばかりではなかったはず
なのに、今この両手のひらでそれらが小さくキラキラ
光って見えます^^

通勤の不便さをいとわずに自然環境に重きをおかれた
ご両親に感謝ですね^^

わたしは帰国すると今でも時々妹とあの頃の話に花を
咲かせます。
「トトロと一緒の少年時代」^^わたしもそう言えます。

>ぎたれれ君

八王子市郊外の陣馬街道沿いの山あいの地に、古き良き
日本がまだあるのだぞ(笑)今度紹介しよう^^
次の帰国にはきっと訪れようと思っている、わたしの長年の
秘密の場所であります(笑)

国籍法改正案、不安な気持ちでじっと見てます。
あれはきちんとDNA検査を義務付けるのだよね?
そこがいまいちよく分からんのです。

そんならまずちゃんとした婚姻関係にある重国籍の子供の
方を考えてみてくれないかなぁ^^
2008/11/12(Wed) 08:43 | URL | spacesis | 【編集
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