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2008年12月1日

数日の雨天で少しうっとおしい毎日ですが、これが本来のポルトの
12月の天気です。ここ数年それがなく、ずっといい天気だったので、
うっかり冬のこの天候を忘れがち(笑)

かつての12月は出勤通学時には霧に被われることもしょっちゅうで
した。雨振る街中、特に金曜日の午後や土曜日の午前ともなると、
サンタカタリナ通りを中心にしたダウンタウンあたりは、傘をさした
クリスマスの買い物客でごった返し。
店と言う店はどこもかしこも満員で、レジには長い列ができ、わたし
も子供たちや夫の家族のクリスマスプレゼントを探しに、夫と二人
相合傘で人並みを縫って歩いたものです。
それが、クリスマスの月、12月のポルトの風物詩でした。

今はノルテ・ショッピング、ガイア・ショピング、マイア・ショッピング、
それにIKEAやスペイン系のデパート「El Corte Ingles=エル・
コルテ・イングレース」など、併せて8件ほどもの大手のショッピン
グセンターができ、雨が降っても平気なモールに客足は向いてし
まいます。

先日からどうも調子が悪いわたしの洗濯機、この春買い換えた冷
蔵庫同様、そろそろ取り替える必要がありそうで、昨日の日曜日
は近くのショッピングセンターまで買いに出かけて来ました。

日曜日の午後で、翌日、つまり今日が休日ということもあって、たく
さんの家族連れでにぎわっていました。
 
そして今年も見かけた「O Pai Natal=オ・パイ・ナタル」。(Pai=父さ
ん、Natal=クリスマス)
小さな子供たちをわくわくさせることでしょうね^^
サンタ1
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ー続きはここからー

さて、今日12月1日はポルトガルの休日。「スペインからの再独立
記念日」です。スペインのレオン国領土だったポルトカ-レが独立
して、ドン・アフォンソ・ヘンリケスがポルトガル建国を成し遂げたの
は12世紀。

その後、大航海時代を経て16世紀も終わり頃、迂闊にも(!)王位
継承者がなかったポルトガルをスペインのフィリッぺ2世と3世がポ
ルトガル国王をも兼ねることと相成り、60年に及ぶスペイン統治が
始まります。

しかし、フィリッペ3世はポルトガル人に重税を課し、多くの農民を
も兵として戦場へ送りだしたりしたため、ポルトガル国内で不満が
高まり、ついにエヴォラでスペインへの反乱が勃発したのを機に、
3年後の1640年12月1日、ポルトガルの貴族たちがリスボンに
いた国王代理を追放し、アヴィス王朝の血をひくブラガンサ公爵
ドン・ジュアンを王位につけ、ポルトガル再独立宣言をします。
ドン・ジュアンはここにジュアン・4世となりブラガンサ王朝を開き
ました。

確固たる独立状態に持ち込むため、この後、ポルトガルはイギリ
スとの関係を強固にし、スペインの脅威から開放されるのは、ほぼ
30年後の1668年です。

さて、どこの国の歴史にも今、N○K放映中の「天しょう院(漢字が
ない^^;)篤姫」の如きエラい女性の例はいるものです。

1640年年12月1日の朝、寡婦ドナ・フィリッパ・デ・ヴィリェーナは
二人の息子を呼び、ポルトガル国王のために戦うことを激励しま
す。
「息子たちよ。神の名と祖先の名において、神と国と人々の自由の
ためにこの剣を今こそとれよ。行って国の自由のために戦えよ。
勝利しようと討ち死にしようと、躊躇はするな。」
と、息子たちに武器を持たせ馬にまたがせ騎士として送りだしました。
ドナ・フィリッパ・デ・ヴィリェーナは愛国の母として後の世に語り継
がれています。

いったん独立権を失うと、再びそれを取り戻すのに多くの血を流し
歴史の時を費やすことになります。昨今の日本も、取り返しのつか
ない状態に追い込まれないよう、議員さんもわたしたち国民も、歴
史から学ぶことを忘れないようにしたいですね。

国あってこその日本人。自由を謳歌できるのは人間として最高の
幸福だとわたしは考えるのですが、謳歌することに浮かれて、その
自由と権利の保持すべき手段を疎かにしていては危ういことです。
お~っと、いけない。話が横道にそれそうです(笑)

とまあ、こういう訳で、本日12月1日はその記念日で休日なのです
が、モイケル娘よ、わかったかな?
なんのことはない、我が子へのポルトガル歴史簡単講釈なのであ
りました(爆)
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