2009年10月11日

昨年秋から気になりながら、なかなかアップできなかったサンフランシスコ教会、今日から3回にわたりご案内いたします。

サンフランシスコ1
所在地:Rua de Infante D.Henrique,Porto  
 開館:4月~10月 9:00-18:00
     11月~3月   9:30-17:00
 年中無休
 入館料:3ユーロ
 Tel:22ー062100

海岸沿いを走る路面電車の発着地でもあるサン・フランシスコ教会は、ゴチック・バロック建築を併せ持つ。(参:ゴチック様式建築の大寺院は「キリスト教の神殿」及び「ヨハネの黙示録にある「天上のエルサレム」を地上に再現したものと言われる。)

聖フランシスコとフランシスコ会について          

フランシスコ会は12世紀にイタリアのアッシジに生まれたフランシスコによって始められました。裕福な家庭に生まれ放蕩生活を送っていましたが回心しました。ある日、「行って早くわたしの壊れかけた家を建て直しなさい」との声を聞き、一人荒れ果てた聖ダミアン教会の修復を始めるうちに同士が増え、これが「フランシスコ会」の始まりの「小さき兄弟の修道会」となりました。

フランシスコ会は清貧主義としてしられ説教活動を中心とする宗派で、修道士たちは裸足で活動したと言われます。

また、フランシスコは「スティグマ」と言われる聖痕(キリストが十字架に架けられた時に受けた同じ傷が手足、わき腹に現れること)
受けたとされます。神父にはならず、生涯を一修道士として送りました。聖フランシスコは「小鳥の言葉が分かる」との伝説があるように、自然と一体化した聖人です。この宗派から出たのが後の「Capuchos=カプチン小さき兄弟会」です。

映画「ブラザーサン シスタームーン・Brother Sun,Sister Moon」では、かれの生涯が描かれています。ブラザーサンは聖フランシスコ、シスタームーンは聖フランシスコに最初に帰依し、 「もう一人の聖フランシスコ」と呼ばれ、後に女子修道会「クララ会」を開いたアッシジの聖クララ(=聖キアラ)のことです。
サンフランシスコ
シンボル的な髑髏(どくろ)を持つ聖フランシスコ。
      
サンタクララ1
  聖クララ。           

フランシスコ会とクララ会については、教会のシンボルなどを通して後日考察した記事を書いてみたいと思っています。

サン・フランシスコ教会 

ポルトにフランシスコ会が設立されたのは13世紀。当初は、この修道会が歴代の教皇から布教活動において諸々の特典を認められていたことから、各地の聖職者や一般信徒の反感をかいました。ポルトガル王フェルナンド1世の庇護の下、14世紀に入ってから小さかった教会を拡張し、簡素なゴチック様式で徐々に増築をはじめ、その増築工事は15世紀まで続けられました。

17世紀から18世紀のポルトガル栄華時代には、当初の質素な教会から内部は緊迫を貼った木工細工で装飾され豪華な教会になりましたたが、これは当時植民地であったブラジルから運ばれた金、約500キロを使ったと言われます。

これには、この清貧主義教会の元祖である聖フランシスコ、きっと天上で目を白黒させていることでしょう。

ポルトのサンフランシスコ教会は、19世紀初期、ポルトガル国内の旧勢力をバックにするドン・ミゲルと、ブラジルから本国ポルトガルに帰国したドン・ペドロとの内戦の火事で崩壊し、バロック様式に建てかえられました。

そのため、現在見る教会は典型的なバロック様式となっている部分が多いのですが、主入り口の上の薔薇窓、大きなファシャーダ、横にある八角形円堂、南側入り口はゴチック建築時代の名残りです。
サンフランシスコ4
八角円堂。

サンフランシスコ5
ゴチック建築を残す南門。ピラミッド三角に五ぼう星を持つ。

サンフランシスコ6
キリストのシンボルである羊を抱えるサン・ジュアン(洗礼者ヨセフ)

サンフランシスコ7
主要入り口ファシャーダ。バロック式ソロモン柱持ち、頭上には聖フランシスコ。

サンフランシスコ8
主要入り口、聖フランシスコの上に見られるゴチック建築の薔薇窓。  

明日に続きます。
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