2009年1月13日

フットボール(ポルトガルではサッカーとは言わない)は、ワールド
カップかEUカップしか見ない「にわかファン」なのですが、そんなわ
たしでもフィーゴ、ロナウド、デコ、リカルドなど国内外で活躍してい
るポルトガルの選手は知っている。

その中でもクリスチアノ・ロナウドは、テレビ、新聞、特に週刊誌には
必ず登場して話題をふりまいていますので、いやでも目につく。笑)

今日はそのロナウドの話です。
スイスのチューリッヒで昨日開かれたFIFA(国際サッカー連盟)に
よる「2008年度の最優秀選手」にポルトガルのロナウドが選ばれ
ました。

ロナウド1
「サッカーの王様」と呼ばれたブラジルの元プレーヤーペレから杯を
受け取るロナウド。

昨夜のポルトガルのTVニュースはその話でもちきりだったのです
が、ロナウドはポルトガル人としてはフィーゴに続く(2001年)二人
目の受賞者、また、イギリスのクラブでプレーする選手では初めて
の受賞プレーヤーだそうです。
現在イギリスのユナイテッド・マンチェスターで活躍している彼は昨
年12月にフランスのバロンドール(Ballon dモr Crown)、更に2008
年は42ゴールを決め、欧州チャンピョンズリーグ、イングランドプレ
ミアリーグのクラブW杯も受けています。
ロナウド2
写真はsapoimageから
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ー続きはここからー

若干23歳のクリスチアノ・ロナウド、う~~ん、若い!ピアスをして
いるところがちょっと気になったりする(古臭い)わたしではあります
が、これからどんな記録を更新していくのか、楽しみな一人です。

さて、ついでに。
上述した「ペレ」ですが、サッカーを少しでも知っている人に彼の名
を知らぬ者はいないでしょう。サッカーにわかファンのわたしは、何
を隠そう、実はスポーツ音痴でもありますが、その音痴が今から30
年前、まだ日本ではプロのサッカークラブなどなかった時代に、この
ペレの名だけは知っていたとは、これいかに?(笑)

ここから先は古~い話になりますので、興味のある方、どうぞ^^

今は亡き母と義弟、そして我が親友michikoと、アサヒビアハウス
の自称「外人ファンクラブ」を代表した我が友Davidに見送られて、
羽田から(当時は羽田が国際空港だった。笑)
一路アメリカはアリゾナ州のツーソンへ向かったのですが(↓写真
もサピア色がかり、背景もとても国際空港とは思えないほどダサく
はありますね^^;)、
1978羽田1

ツーソンのアリゾナ大学ESL(Englis as a Second Language)コース
を受講している時に、そのコースで学生たちがグループで各々出身
国の紹介をする国際フェアなるものがありました。
その時に、ブラジルから留学していた学生のグループが、ペレの記
事や写真が載っているたくさんの雑誌や本を並べ、ブラジルでペレ
がいかに英雄視されているかを得意満面に語ってくれたものでした。

16歳でプロデビューしたペレは、1977年のシーズン終了で引退
するまでに(わたしが渡米した年)1281のゴールを記録、今でも
サッカー史上最高のプレーヤーと評されています。

ペレにまつわるエピソードはたくさんありますが、わたしがポルトガ
ルに来てからニュースで聞いた話に、ブラジルで自動車強盗にあ
ったが、強盗に「ペレだが?」と告げたところ、件の強盗、
「すみません」と謝って何も盗らず逃走したというのがあります。

また、下記はwikipediaから。
ワールドカップでは、「ヨーロッパ大会では南米勢は優勝できない」、
というジンクスがあるが、スウェーデン大会で唯一このジンクスを
破ったのがペレである。ワールドカップのもう一つのジンクスである
「開催国は強い」というジンクスから、スウェーデンが優勝する事が
予測されたが、ペレの技がそのジンクスを上回った事になる。その
上手さは、ペレがゴールしたとき、スウェーデンのディフェンス陣が、
余りにも見事に抜かれたためペレの元へ祝福に駆け寄った、と
いう逸話がある)。ここまでwiki引用。

こんな訳で、サッカーは知らずともペレの名前だけは30年前に知っ
ていたのです。
ポルトガルに住み着き初めてポルトガル国民のサッカー熱なるもの
を目前にしたのですが、今回のロナウド受賞にあたり、あの当時の
ブラジル人の得意満面な笑顔が今、理解できたのでした。 
そう、スーパーサッカー選手は今や個人の栄誉だけではなく国の英
雄でもあるのですね。

下の写真はアリゾナ、ツーソン大学のキャンパスの一隅。確かに行
ったことがある証拠(笑)
1978ツーソン2

下の大学校舎を、後年わたしは子供たちと一緒に夢中になって見た
テレビドラマ「大草原の小さな家」のシーンで再び目にすることになる
のです。この大学は「大草原の小さな家」の著者、ローラ・インガルズ
・ワイルダー」が一時期この大学で学ぶエピソードが出てきて、
「あ!これ、わたしがいたところじゃん!」と、この校舎との再会に
びっくりしたのでした^^
1978ツーソン1

今日は長崎26聖人について書く予定でしたが、ロナウド受賞で
急遽変更しました^^;

なお、アリゾナ時代のエピソードはまとめてこちらにあります。
よろしかったらどうぞ。

アリゾナの空は青かった
コメント
継続は力なり。
文面とな~んも関係ないのですが・・・
若かりし頃のS姐様の髪型が今も同じという事に
甚く感動を覚えました。さすがに髪の色つやは・・!?

うちのかみさんも、写真を見ると中学時代から
髪型が変わっておりません。
「全然、変わってないね!」と言う他人の”褒め言葉”が
いま一番、無条件にうれしいようです。

ちゅうは、「すてきな白髪ですね!」の言葉が
いま一番、複雑な気持ちになります。

2009/01/14(Wed) 22:16 | URL | お仕事終いちゅう! | 【編集
>ちゅうさん

それ、時々言われます(笑)
髪の色つやはともかく、髪の色は当時から美容院へ行って
染めていました。近頃は白髪隠しに染めていますが(笑)

わたしがヘアスタイルを変えないのには、もうひとつ
理由があります^^書いてみましょう、その訳を!

ところで、ちゅうさん、我が夫も早いうちから総白髪に
なりましたよ^^それでわたしの方が年上なのに、夫の方が
ずっと年上に見られがちです^^
2009/01/15(Thu) 18:34 | URL | spacesis | 【編集
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