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2006年2月21日
ダウンタウンにある市場「ブリャオン」

母親であるわたしと子供との伝達言語は日本語と決まったが、父親とはどうなるのか?
はい、この点はわたくしの決めることではございませんで、放って置いたのでありましたw

亭主は子供達とは、ポルトガル語よりも英語日本語で話しかけていたように記憶しています。
ポルトガル語の方は、同居していた義母や義母の姉妹たちから耳に入るのですから、
当初は大した問題ではないと判断したのでしょうか。

生れ落ちたとき、日本語、英語、あげくの果てはポルトガル語まで耳に
入って来たのですから、息子はさぞかしびっくりしたのではないかなw。
或いは「この世界では、これが極当たりまえのことだ」と、すんなり受け入れたのであろうか。
聞くよしも無しw

こういう具合に、ポ国での我が子の日本語教育は始まりました。
ちなみに付け加えますと、「わたしは日本へ帰るのだ」と宣言してその
実現を果たした娘と違って、長子の息子はポルトガルに住んでいます。

息子が3歳、「この国でどんな学校教育を授けるか」の方針を決めるべき時です。
家のすぐ裏にある公立学校の様子を垣間見てきたわたしは、
「子供たち、バス停で喫煙してても、先生、注意しないではないの!
それに、なぜだか、しょっちゅうパトカーが学校に走ってるし^^;
こりゃ、まずいです。」

増して日本人中国人の東洋系がほとんどいなかった20数年前です。
わたしは、ポルトに住み着いた最初の日本人でしょう。
街を出歩くたびに、「シネーザ、シネーザ(chinesa=中国人女性)」と
指さされ、これがまた、頭にくることに、最初の頃は言葉が分からないもので、
「死ね~死ね~」と聞こえたのであります(爆)ク○ッ!

我が子は、東洋系の容貌を持つと言う、自分が望んだものでもないことで、
囃されたりいじめられたりすることは、目に見えています。
公立の学校へはやらない。私立の学校も当時はどれもカトリック系です、
これもやらない。そして、日本人学校はない・・・
これは言葉の勉強ではなく、我が子の人生に大きな影響を与えることに
なるであろう、
学校教育の選択問題です。

亭主とは随分話し合うことになるのでした。


★本日の写真は、ポルトの街の中心にある大きな市場「Bolhão(ブリャオン」
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