2009年8月7日

コルーニャ・レストラン1
スペイン、ガリシア地方コルーニャのとあるレストラン。

しばらく前に、スペイン人の夫の友人を訪ねて、ポルトガル国境から
さほど遠くないガリシア地方「Nigran=二グラン」へ行った時の記事に
己の「しゃべり体力」のないのに失望、疲れ果てたと書いたのだが、
それは単に夫やポルトガル人の友人たち、さらにスペイン人のカル
ロスさんたちの多量チャット(笑)のせいだけでは、実はないのである。

随分昔になるが、スペイン、カタルーニア出身のサルバドール・ダリが
まだご存命の頃、かれこれ30年近くも前の話である。

当時わたしは夫の母ことドナ・オーグスタ、夫の叔母にあたるドナ・オ
ーグスタの姉ジョアキーナ叔母さん、そして、ドナ・オーグスタの義妹
ことティニーニャおばさんたちと(ややこしい~笑)、つまりポルトガル
の三ばば様と同居していた。

この生活環境はもう、毎日がまるでごった返しごった煮文化のような
状態であった。
もちろん、当時のわたしはポルトガル語は皆目だめ。
夫が勤めに出てしまうと帰宅するまで、それはもう三ばばさまも一応
女性でござりますから、姦しいのなんのって、ありません。
(姦しい=かしましい、と、読むのだよ。我が子たちよ^^)

こんな風に、夫はわたしも含めると女4人にかしずかれていた訳で、
それもそうでありましょう、我ら女どもの食い扶持は全て、まだ若くて
やっと専門医になったばかりの夫の細い腕にひたすらかかっていた
のであり、かしずかれて当然といえば当然。

ポルトガル語をまったく解しないわたしの楽しみは、テレビの英語番
組でありました。
こう書けば、いかにも英語ならペラペラに聞こえますが、なに、大した
英語能力ではござらん(笑)

当時のテレビは、日本から来たわたしにとってはびっくりもの!
白黒でござりました。
と言うても、もともとが日本にいた時分にテレビを持たなかったわたし
ではありますが、言葉の通じない国に来ては、情報がまったく入ら
ないことになるので、さすが主義を曲げざるを得ない。

さて、ある夜のこと、食後の片付けは新米がお姑様の台所をとろとろ
いじってもいかんだろうと遠慮いたし、もう三ばば様達にお任せし
て、夫と二人白黒テレビを見ていたときでござります。
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ー続きはここからー

ピンとはねた独特の口ひげとデカい目のダリ様が白黒画面いっぱい
にアップ、なにやら話しておりました。
しばらく耳を傾けていたわたし、どうもスペイン語のごときではなさ
そうだが・・・と気づき、夫に質問、

わたし 「ね、ダリ様は何語を話しておられるか?」
  夫 「これは英語であるよ。」

がーーーーん!
わたし 「え、英語って、あぁた、それならなんでわたしが一言も
      分からないのでありますの?
      いったいブッテルフリて、なんですのん?」
  夫 「ブッテルフリとは、英語のバタフライ(蝶々)であります。」

B U T T E R F L Yが、ブッテルフリ!!@@

ダリどのーーーー!

スペイン人のダリ様やおフランスの著名人の方々の話す英語に比
べると、日本人の発音はなかなかのもの、わたしはこの時に、俗に
言われていた「英語の発音がヘタクソな日本人」と言う劣等感を捨て
去ったのでありました。

冒頭に出たスペイン人のカルロスさんは英語で話したわけではなく
て、相手が分かろうが分かるまいが、堂々たるスペイン語系ガリシ
ア語。
こちとら、人がいいモンで、なんとか理解しようと一生懸命耳と情熱
を傾け^^;
これが数時間も続くと、わたしに「話体力」がないのも確かなところ
ですが、たいがいの人は疲労感を覚えるというものでありましょう。

4日間の今回のガリシア旅行、サンチアーゴ・デ・コンポステーラ、
フェロール、最後がコルーニャを回りましたが、道中、上述のダリの
ことも含めて、スペインの人の、相手が分かろうが分かるまいが
スペイン語を話す堂々たる態度を、目の当たりにしては、もう
「自分は言葉が分からないからどうのこうの」と、みみっちいことは
考えまい、と学んだのであります。

さて、方向音痴の夫、今回の旅行でも目的地に着くまで、しこたま
遠周りをした。
いや、ええのです、急ぐ旅ではなし(笑)
横からわたしなどが口を出そうものなら、なにやら面白くないようで、
本人の好きなようにと思うものの、
「おい!そっちへ行っていいんかい@@;」と口に出さずとも、つい
つい表情に出てしまう。

すると、こっちを見ながら運転しているわけでもない夫、なにげに
殺気を感じるようで、車を止めてスペイン人に聞きまする。

「わかったの?」「いや、何言ってるのかさっぱり分からん」(笑) 
いくら、ポルトガル語とスペイン語が少しは似てると言えども
相手はスペイン語でまくしたてるのだもの、分かるわけがない。
ちょっとわたしに相談すればええものを、くっくっくっく。
と、昔と変わらず、道中はこんなことの繰り返しであった(笑)

スペイン料理も悪くはないが、今回は何故かお腹の調子がいま
いち優れなかったわたし、最後の夕食は、なんとなくポルトガル
雰囲気が感じられるホテルの近くのレストランへ。

コルーニャ・レストラン2
店の名前は「Galineiro=ポルトガル語式だとガリニェイロ、つまり
「鶏小屋」という意味。(冒頭写真が店内)

いったいが、大都会は知らないが、ガリシア地方はスペイン語の
メニューしかない。
スペインは、テレビもアメリカのCNNニュース放送局までが、スペ
イン語で吹き替えしていたのには度肝を抜いた!
テレビ番組は外国語ならば全てスペイン語に吹き替えだ。

ホテルで夜分遅くまでテレビ映画を見ていた夫が翌日言うことにゃ、
「ポール・ニューマンがスペイン語で話してた」と汗をかいていた。

これは、しばらく前の日本の状況と似ていまいか?
日本も昔は、海外ドラマ、映画ともに、よく日本語に吹き替え放送
していたものだ。
それで思ったのは、これじゃぁ、いくら学校で英語を習っても耳に
する機会がないわけで、スペイン人の英語の発音については
さもありなん。

さて、レストラン「鶏小屋」、まず注文から。
「旦那、がんばっておくんなさいよ。」とわたしは夫にお任せ。
鶏肉の炭焼きが食べたいわたし、夫は「barbecue」と言うのだが
何べん言っても通じない。いや、ウエイトレスが分かろうとしない
のだ(笑)

横からわたしが「グリルの類よ!」と叫ぶと、
「おお!ベルベクーエ^^」

べ、ベルベクーエって、ベルベクーエって・・・ここにもダリさまがー!
この後、んまぁ、久方ぶりに、昔の話に花を咲かせた、コルーニャ
旅行最後のレストランでの夕食ではありました。

このレストラン、鶏小屋だけあって、前菜からなにから全て、
メニューは、鶏、鶏、鶏! 鶏しかないのである。
ウエイトレスもジョークに富んで、
「でも、パンの原料は鶏ではないわよ^^」

夫も負けじと、デザート注文時に、
「まさか、デザートも鶏ではあるまい?」にはウエイトレスも白い歯を
見せてニカッ^^

で、「ベルベクーエ」はどうでしたかと?
いやいや、もうバーベキューのイメージダウン、結局わたしは鶏の
「ベルベクーエ」は食べなかったのであった。
コルーニャ・レストラン3

言葉が分からないとて、オズオズしがちなわたしたち日本人は、
相手が外国人であろうと、母国語で堂々話すスペイン人には、
学ぶべきところがあるかも知れない。

こういう頑固さが、言葉の伝統を維持していくような気がする。

一生懸命話すスペイン人の目の真剣さで、なんとなく分かった気が
してしまう魔法にかけられるのも、旅ならではの楽しさであろう。
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