2009年12月23日

ナポレオン軍を追い払ったポルトガル人、もしくはポルト人の記念
碑「Monumento ás Geurras Peninsulares」を紹介します。

Avenida da Boavista(Boavista大通り。Boavista=よい眺め)は、
世界遺産に指定されているダウンタウンと肩を並べる、ポルトの比
較的新しい中心街、ビジネス区です。
大通りに面して、五つ星のシェラトンホテルや旧メリディアンホテル、
パレスホテルや。ショピングセンターもあります。

Avenida-Boavista
ロータリー公園からこの写真の道をどこまでも下って行くと大西洋に
ぶつかります。

↓ボアヴィスタ区域のどこからでも見えるモニュメント。

ライオンと鷲1
ロータリーの中心は公園になっており、記念碑は公園の真ん中に建っ
ている。

ライオンと鷲2
記念碑が頂上に頂くのはポルトガル(ポルト人)の勝利を表すライオ
ン。組み敷かれているのはナポレオ皇帝の象徴、鷲を表す。

ライオンと鷲3
1909年に建築家Marques da Silvaと彫刻家Alves de Sousaによっ
て製作が始まったが完成したのは1951年である。
高さは45メートル。
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ー続きはここからー

ライオンと鷲5
ナポレオンが送ったフランス軍と戦うために北部ブラガンサ、ポルト
では民衆が蜂起した。
ライオンと鷲4
記念碑には、軍や男たちに混じって大砲を押す女性、旗を持ち勇敢に
戦う女性の姿が描かれ、この記念碑に光を放っている。

ライオンと鷲6
転覆するボートは、この当時ポルトとガイアを結ぶのに小船をつない
で架けられていた橋「Ponte das barcas」(ポンテ・デ・バルカス)。
ナポレオン侵入の噂に驚愕した一般市民が対岸の町ガイアに逃げよう
と押し寄せた多くの市民が命を落とした「Ponte das barcas」悲劇を
表している。

記念碑を取り囲む公園内は、近隣の人々の休息場である↓
ライオンと鷲7

ロータリー公園の向かい側に見えるのはCasa da Musica(音楽堂)。
casa-musica

Casa da Musicaの前の古い家々。
boavista-casarias

さて、ここからは少しポルトガルの歴史のお話です。

ナポレオン軍の三度のポルトガル侵入(イベリア半島戦争
ポルトガルの18世紀、マリア一世の統治時代。
フランスは革命後、ナポレオンは皇帝を戴冠、イギリスを封じ込める
ためヨーロッパ諸国にイギリス船への港閉鎖を通達します。
が、イギリスとは古くからの同盟国であるポルトガルはこれに従いま
せん。そこで、ナポレオンはポルトガル侵略政策をとります。

第一回が1807年、スペインを味方に引き込んだフランス軍ジュ
ノー将軍の率いる3万の軍がスペインと国境を分かつベイラ・バイ
シャから浸入し、リスボンを手中に収めます。
このとき、マリア一世と後継者ドン・ジュアンは15隻もの海洋船に
貴族や軍隊、大商人らおよそ1万人のポルトガル人を引き連れ、ブラ
ジルへと逃れます。
ポルトガル王室が再び本国ポルトガルの地を踏むのは、それから約
20年後の1821年です。

フランス軍の暴虐ぶりに、やがて各地で民衆蜂起が起こり、ポルトガ
ルは盟友イギリス軍と合流してフランス軍を破り、ここで休戦協定を
結び、フランス軍は撤退します。

しかし、ナポレオンは尚も諦めず、1809年に今度は北部(スペ
イン、ガリシア地方のコルーニャ)から浸入、ポルトに入城しますが
イギリス・ポルトガルの連合軍、さらに民衆も参戦してフランス軍
を敗退させます。
(今夏訪れたスペイン・コルーニャ戦争についてはこちらで)

ボアヴィスタのモニュメントはこのときを記念したものです。

ナポレオンは、もう一度ポルトガル征服を試みるのですが、三度目も
最後には敗退、1814年にスペインからも撤退することで、ナポレ
オン軍とのイベリア半島戦争は終了します。

ポルトガル独立戦争の時もそうですが、大軍を相手にいざという時に
ポルトガル人が出す底力は、愛国心のなす業でしょう。
ワールドサッカーを見ても、それがどことなく表れているような気が
ます。

「ピレネー山脈から先はヨーロッパではない、アフリカだ。」と言った
のはナポレオンだったと記憶しますが、三度もポルトガル侵入に失敗
した歴史上の事実を知ると、「ナポレオンの負け惜しみだな」とわた
しは思ってしまいます(笑)

ナポレオン軍がポルトに侵入した時にドウロ川で起こった民衆の悲劇
は、今もその慰霊として川沿いのリベイラにあるモニュメントに灯さ
れる灯が途絶えません。

これについてはこちらまで。↓
ポルトの七つの橋の物語「つり橋

コメント
チョウ/センジョウのメリークリスマス
復調をされて『アヴェイロ』は、あの辺りっかなぁ‥‥。

ロータリーの突っ辺の鷲は【ナポレオン】でした、かぁ!ナルホド♪。流石です、像は陰が効いてエエ発色です。大木は珍しくベタ光です、ね。

記憶の小引き出しは人並みに有り、ちゃんと憶えて引き出しに入れるんですが、斯くも老い耄れて来ますと、どの引き出しに入れたか、が、解らなくなります(=_=)。

突き当たりは【ゴンサルブェス・サルコ広場】のロータリー!かなりの遠回り乍ら左折をして、渚のコロネル・ラウル・ペーレス通りをブッ飛ばしますと、御紹介済みのハイソなレストラン「Shis」です^^。

アヴェイロも好いですよ、ねぇ~~♪矢鱈、行き止まりの道が目に付きます、が、無論、街中ではありません。海べたの広大な湿地帯?朝な夕なの佇まい、写真的と言いますか、絵になります、よねぇ。それに、空港周辺での大型の水上飛行機!飛行艇の離着水を連写、はたまた帆船や使い込まれた小舟を必写必撮‥‥先ずは5~6泊したいですぅ。
2009/12/25(Fri) 03:10 | URL | 非行左衛門 | 【編集
>非行左衛門殿

Aveiroは小さな町ですが、アズレージュの素敵な
家があり、また運河にはモリセイロと呼ばれる小舟が
観光客を乗せます。
このモリセイロに描かれる絵が鮮やかでいいですよ。

2009/12/27(Sun) 17:07 | URL | spacesis | 【編集
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